10日午後8時50分頃、南大門の名で親しまれている韓国国宝第1号、崇礼門( ソウル市中区 )から出火した。

( 2008.02.10 )


放火により崩壊する崇礼門
 国宝 1号の崇礼門に放火と推定される火災が発生しており、消火のため政府が緊急出動を行っている。
 現在、炎は直接確認されていないが崇礼門樓閣内側で白い煙がずっと燻っており、隣接建物に覆い被さった状態だ。
 消火活動のため消防車 30余台と消防署員90余人が出動して待機しており、この一帯では交通が全面統制されている。
 近くを通った目撃者金某( 32 )さんは “煙がひどすぎて前を見られない位” と現場状況を伝えた。
 火の発生した所は 2階樓閣とみられ, 見掛け上ではまだ大きい損傷は確認されていない。
 現場には警察40名が出動して目撃者などを相手で調査をしている。
 近くで乗客を待っていたタクシー運転手この某( 44 )さんは “50代に見える男性が日の丸が描かれている ショッピング・バッグを持って崇礼門そばの階段に上がって行った” と “しばらくした後 南大門で赤い炎が広がり始めたので届けた” と言った。
 報道に通り過ぎる会社員金( 32 )さんは “外国人と推定される男性が火が広がり出た後、外に走り出て 崇礼門を足で蹴った” と言った。
 これによって警察は放火可能性を排除しないまま正確な火事原因を調査している。




ほぼ全焼した南大門
 10日午後8時48分ごろ、ソウル市中区南大門路4街の国宝 「崇礼門」 ( 南大門 )から出火し、木造2階建て延べ約177平方メートルの楼閣が全焼した。 消防当局は出火直後に消防車39台と消防隊員88人を動員して消火作業に当たったが、現場での初期消火に失敗し、南大門は出火から4時間後に完全に崩壊した。 出火原因は放火とみられる。 ソウルの象徴ともいえる国宝の焼失という事態を受け、消防当局の初期対応に批判が集まっている。

 消防当局は火災直後の午後8時55分ごろからはしご車や消防ホースを使って消火作業に当たり、出火から2時間後の午後10時半ごろに火災はいったん鎮火したかに見えた。 しかし、消防隊員が残り火の消火作業を行っていたところ、2階の 「崇礼門」 という扁額へんがく部分の5メートル内側で再び火の手が上がり、11日午前0時40分ごろに屋根が崩壊し、楼閣は完全に虚墟と化した。

 消防当局は消火作業が困難を極めたため、午前0時ごろに崇礼門の屋根を一部破って内部への放水を試みたが、鎮火には至らず、楼閣の1階周囲からの放水を続けたが、最終的には楼閣の崩壊を防ぐことができなかった。

見事に焼け落ちた 「国宝第1号」 の崇礼門
元々日本が勝手に決めた国宝であり、日本統治時代の烙印であるとして、韓国国内の一部には 「国宝第1号」 を朝鮮の文化的な 「独立宣言」 である訓民正音等に変えるべきであるとの意見もある。
 火災現場を最初に目撃したタクシー運転手( 44 )は、 「車を止め客待ちをしていたところ、男一人がショッピングバッグを提げ、崇礼門の脇の階段を上るのを見た。 男が立ち入って数分後に2階部分で花火のような赤い火花が見え、火の手が上がったので警察に通報した」 と話している。

 崇礼門は通称南大門と呼ばれ、朝鮮王朝時代に都の漢陽( 現在のソウル )の四方にあった城門の一つ。 韓国の国宝第1号に指定されている。
朝鮮日報( 2008.02.10 )

-南大門火災-



 韓国ソウルの中心部にある南大門( 崇礼門 )が10日未明に全焼、崩壊した火災で韓国の捜査当局は12日、放火の疑いで取り調べ中だった容疑者( 69 )の男が犯行を自供したと発表した。 動機について男は、所有する土地絡みのトラブルの腹いせで放火したと供述しているという。
 男は2006年4月にもソウル市の文化財、昌慶宮に放火した前科があり、南大門火災でも、火災発生前に目撃者らが現場で見た60代の男と人相や服装が似ていることから、捜査当局は有力な容疑者とみて11日夜から身柄を拘束。 男の自宅から目撃者が証言したものと同じ種類のはしご、かばん、服に加え、シンナーのビン1本などが発見されたため、追及していた。 これまでの調べでは、男は10日午後9時前に南大門の楼閣の2階部分に上り、シンナーをまいてライターで火を付けたと認めた。

-南大門火災-



 13日に報道陣に公開された南大門。 焼け落ちた瓦礫が痛々しいが、これらの処理をめぐっても批判が …… ( ロイター )

 韓国で国宝1号の南大門( 崇礼門 )が放火で炎上、焼け落ちてから1週間になるが、世論のショックや怒りは収まらず、当局の事後処理なども右往左往が続いている。 責任問題では、近く任期を終える盧武鉉政権と前ソウル市長だった李明博次期大統領とどちらにより責任があるかで“政争”の気配もみえる。 そんな中で 「木造文化財の保護、管理は日本が最高水準」 と 「日本に学べ」 の声がしきりに聞かれる。
 事後処理で問題になったのは、火災現場で消防当局が掘削機などを使って焼け跡を勝手に掘り起こしたり、文化財当局が残骸をいち早くゴミ処理場に運び出したり したことだ。 文化財火災の際の厳格な現場保存や精密調査など、基本的対応を無視したやり方と、世論の非難を浴びている。
 一方では焼け落ちた瓦がひそかに外部に持ち出され、インターネット競売で1個100万ウォン( 約10万円 )の値が付けられていることが分かり、ネットでも非難が爆発している。
 こうしたちゃっかり組には、焼け跡の現場近くに勝手に手作りの祭壇を設け、ひざまずく悲しみの市民から“義えん金”を取ってポケットに入れていた者もいる
 いまなお国民的怒りの対象になっているのは放火犯( 69 )。 立ち退き補償問題で陳情を無視された当局への恨みが原因というが、現場検証でも 「人が死んだわけではない。 建て直せばいいじゃないか」 と反省の弁はまったくなく、さらに世論の怒りを買っている。
( 2008.02.17 )

 因果応報だな ……
 日本の国旗燃やしまくったり放火しまくったりしてるから、日本の建国記念日に自分の国の大事な物が燃えちまうんだ、日本への侵略準備中に北から背後を突かれる、学ばない馬鹿民族。
 100年後には 日帝の仕業 になってんだろうな。


 良い行いをしたら韓国籍を捨てていようが、1%しか韓国人の血が流れてなかろうが、国籍も血筋も関係無かろうが 「素晴らしい韓国人の行い」。 悪い行いをしたら100%韓国人でも 「韓国とは関係無い」 「私は日本人ニダ」。
 いつもながら卑怯さに頭が下がります。



-《 公衆衛生面から見た李王朝期における放火の再評価 》-

 李王朝時代には、京城においても王族両班の邸宅以外の住居には便所というものが設けられておらず、老若男女を問わず路傍あるいは溝渠に放尿排泄するのが当然であった ことは、19世紀以降韓半島を訪れた欧米人の報告書や旅行記にも頻繁に見られることから、切ないことではあるが事実であると認めざるを得ない。

 これは宮廷医を除き医者は俳優、巫女等ともに賎民として位置付けられていたため、住民や地域という観点から衛生を考えるという公衆衛生の観念が、日帝強占時代に至るまで成立する土壌が無かったことにもその大きな原因があるとされている。

 ただ宮廷医は中人とされ、白丁身分である一般医とは異なり漢籍の医学文献に触れることもできたため、このように糞便を路上に垂れ流す風習が疫病が猛威を振るう原因であることを朧気ながら認識していた可能性が指摘されている。

 しかしながらこれら中人である宮廷医は、国法により王族両班以外の者の健康に関心を持つことを厳禁され、白丁や中人の治療を行ったことが発覚した場合には、即座に中人身分を剥奪され白丁として掌隷院に送り込まれたことから、糞尿の垂れ流しにより同胞が疫病の危険に晒されていても対策を講じることは困難であった。

 そのため宮廷医のなかでも博愛心の豊かな者が、李王朝時代の韓半島では放火が微罪扱いされていたことを利用し、木造藁葺の京城の市街に火を放って大火を起こし、火を以って疫病の蔓延を防止するという荒療治に出たのではないかとの仮説が提示されている。

 勿論このような荒療治を行えば、火災に巻き込まれ焼死する者も出ることは予想できるが、疫病に罹患しても呪術以外に頼れない中人以下の者にとっては、病で長く苦しむよりも早く楽に死ねるし、何よりも火により疫病の根を絶つことができるという何物にも換え難い利点があると考えたものと推測できる。

 このように李王朝時代の放火事件の中には、進んだ公衆衛生の観点から愛民精神に富む医者が密かに行ったものが相当あると考えられるのである。

南大門火災



放火事件で全焼した崇礼門の周りに設けられたフェンスを見て、政府や自治体の責任者らが一言。
「なぜ上部は覆わなかったの?」
 崇礼門( 南大門 )が焼け落ちてからわずか2日後の今月12日から、焼け残った部材の一部や壊れた屋根瓦などが廃棄物処理場に捨てられた。 11日午前2時ごろには、ソウル中部消防署が 「火を完全に消し止める」 という口実で、残骸をショベルカーで壊し始め、市民の抗議を受けた文化財庁の要請で1時間40分後に中断していたことも分かった。 火災の翌日の11日朝には崇礼門の周囲を幕で覆ったが、その中ではこのようなことが行われていたのだ。

 瓦などの廃棄が問題になるや、文化財庁は 「文化財の専門家たちが壊れた部材を分類し、残す必要のあるものは搬出を禁止した」 と釈明した。 捨てられた残骸は保存する価値がないというわけだ。 だが、現場責任者を務める文化財委員は 「まだ鑑識作業も終わっておらず、残骸が捨てられていたとは思いもよらなかった」 と話した。 一方、文化財庁の担当課長は 「現場の対策本部と廃棄物処理業者が急いで現場を片付けようとして、誤って捨ててしまったようだ」 と説明した。 全国民が見守る中、国宝第1号の崇礼門があっけなく焼け落ちたことで、関係者も冷静さを失っているに違いない。

 1949年に火災で焼損した日本の法隆寺の金堂の場合、焼け残った部材の一部は再び使用し、残りは収蔵庫で保管している。 真っ黒に焼け焦げた柱や大梁、壁画などは引き続き国宝に指定し、1年に1回ほど一般公開している。 また、第2次大戦中の1943年に連合軍の爆撃によって破壊された、ドイツ・ベルリンのカイザー・ヴィルヘルム教会は、破壊されたままの状態で残し、その隣に現代的な建物を建てた。 残骸をそのまま残すことで、戦争の悲惨さや、文化財を粗末に扱った過去を教訓として後世に伝えているというわけだ。

 文化財庁は15日、ようやく誤りを認め、崇礼門の残骸の搬出を中止することを決めた。 適切な場所に一旦保管した後、精密調査を行って、再び使用するもの、保存するもの、廃棄するものに分類していくという。 崇礼門の残骸は、現代人の愚かさを知らしめる歴史的な証拠として記憶にとどめるべきだ。 再建する際に使えるか否かだけで判断してはならない。
朝鮮日報( 2008.02.17 )


南大門火災: 残骸はいつ捨てられたのか

 15日午後、ソウル中区の崇礼門周辺には、今回の火災で焼け落ちた木材などが種類別に区分され積み上げられている。 これらの資材は調査を経た後に保存または廃棄が決められる。

 崇礼門( 南大門 )の残骸20トンを廃棄場に送ったのはいつか。 文化財庁は 「中区が廃棄物のように放置していた」 と主張し、中区は 「自分たちはまったく手もつけられなかった」 として文化財庁の責任と主張している。

 15日に文化財庁が明らかにした内容によると、崇礼門の残骸の中で伝統紋様が刻まれた瓦など、保存価値のある一部の残骸の中で廃棄物処理場へと送られた分量は20トンに達することがわかった。 これに対する非難の世論が巻き起こると、文化財庁は文化財委員会を招集し、 「別の保管場所を準備するまでは一切搬出しない」 と発表した。 しかし文化財庁とソウル市中区は今も責任のなすりつけ合いばかりに熱中しており、崇礼門残骸の廃棄物処理についての責任は相手側にあると主張し合っている」

自分たちは捨てなかった

 崇礼門火災現場での残骸処理は、最初に消防当局が整理のための作業を開始し、分類作業は文化財庁が担当、運搬はソウル市が管轄する廃棄物業者が、幕を張って現場を管理する業務は中区が担当した。

 文化財庁関係者は15日、 「( 廃棄物処理業者が )残骸を捨てるよう放置した責任は中区にある」 と主張した。 これに対して中区の関係者は、 「普段から文化財である瓦の一つを交換するとか、警備システムを設置するとかいったちょっとした作業にも、細かく公文を送らなければならないほどなのに、われわれが自分から勝手に作業できるわけがない。 今回の事は文化財庁の責任だ」 と反論した。 今月11日に掘削機で残骸を無神経に取り扱ったという非難を受けている消防当局の関係者も、 「文化財の管理はわれわれとは関係がない。 今回の問題は文化財庁に関係していることだ」 と強弁した。

 結局は文化財庁の監督が行き届かなかった間に、しっかりと仕分けが行われなかった残骸が外部へと持ち出されたのであり、崇礼門の管理責任のある中区は幕を張っただけで、その中で何が起こっているかについては特別な関心をはらわなかったことになる。

 しかし 「国宝第1号」 の残骸をたやすく廃棄しようとしても、誰も責任を取ろうとしない姿に対する非難は根強い。 韓国文化遺産政策研究所のファン・ピョンウ所長は、 「それぞれの機関がお互いの責任をなすりつけ合うということ自体が、一貫した行政システムの不在を示している」 と指摘した。

今になって 「詳しく調べてから分類」
 
 文化財庁の文化財委員会はこの日建築文化財分科会議を開き、現場の残骸を別の場所に移して保存し、幕の撤去と一般人の工事見学を許可することなどを決定した。

 弘益大学教授で建築文化財分科の朴彦坤パク・オンゴン委員長は、 「崇礼門の破損した資材は、二次崩壊や現場の安全に備えて適切な場所が決まるまでは、一切持ち出さない」 「今後の詳しい調査結果を元に、一つ一つの残骸について再利用・保存・廃棄と区分して処理する」 と説明した。

 文化財庁は、 「今月13日に外部へと持ち出された残骸の量は2.5トンでトラック8台分だ。 ほとんどは土や瓦の破片で、1960年代に補修が行われた際に用いられたものだ。 歴史的に見て保存の価値があるものではない」 と述べた。 しかし専門家たちは、 「21世紀の大韓民国の現状を示すという点で、火災に遭ったすべての残骸は歴史的に保存の価値がある」 という意見も提示している。

 朴彦坤委員長は、 「幕を張るのは安全のための臨時の措置なので、仮設の作業拠点を設置すれば幕も撤去し、開放型の低い柵を設置したい」 と今後の方向性について説明した。 一般人が現場で復旧作業を見ることができるよう、一定の範囲内で公開するとも表明した。 文化財庁はこの日、崇礼門復元に向けた復旧諮問委員会を構成することを決め、朴彦坤氏に同委員会の委員長を委嘱した。
- 朝鮮日報 -

 崇礼門の残骸がごみ廃棄場に捨てられて ……
 韓国とはこういう国なんだよ。
 焼けた廃材はそれこそミリ単位で収集、調査して保存し、復元に役立てるのが当然だろ?
 捨てるのなら、せめて記録だけでも残せ。
 ちょ真面目に復元する気があるのか?
 いや、復元するってことの意味が分かってるのか?
 奴等は … 分かってるわけないか。 だって朝鮮人だもんな。
 あれは …… 心の底からバカだと思う。


【朝鮮日報社説】 数年前からホームレスの根城だった南大門

 放火事件が起きた崇礼門( 南大門 )では、数年前からホームレスが夜間に楼閣へ上がって寝たり、ラーメンを作って食べたり、酒を飲んだりしていたという。 ソウル駅やその周辺に集まるホームレスたちは口々に 「崇礼門を根城にしている人は少なくとも5~6人いた」 、 「寒いときは空き缶をランプ代わりに暖を取って寝る人もいた」 、 「1週間前に行ったときにも、十数人が集まって焼酎を飲んでいた」 、 「夏には風通しのよい楼閣に30人程度が集まっていた。 排せつ物のにおいが充満し、焼酎やどぶろくの空き瓶、菓子袋などが散乱していた」 と証言している。

 こうした内容を聞く限り、崇礼門はすでにずいぶん前から国の保護を受ける国宝としての扱いを受けていなかったようだ。 ホームレスたちは工事現場から盗んできたはしご2本を監視カメラに写らない崇礼門の側面に建てかけ、出入りしていたという。

 ホームレスらの証言によると、赤外線感知器の警報を受けた警備会社の職員らに追い出されることもあったが、深夜になると見逃してくれたり、現場に出てこなかったりしたという。

 崇礼門を管理する中区庁は2005年に月12万ウォン( 約1万3600円 )という契約で崇礼門の警備を業者に依頼した。 月12万ウォンとは、一般住宅向けのサービスと同等の額だ。 国宝第1号の夜間警備が無人警備システム頼みだったというのも驚きだが、さらに一般家庭の契約料と同じ程度の費用で解決しようとしていたというのだから、呆れてしまう。

 契約から2カ月後には、崇礼門にホームレスをはじめとする侵入者が予想以上に多いことから、警備会社が契約料を月額30万ウォン( 約3万4100円 )に引き上げてほしいと申し出て、契約内容が変更されている。 管轄局はその時点で問題点を認識すべきだったが、昨年2月からは広告効果を狙って無料での警備を申し出た別の企業に、担当を切り替えてしまったという。

 11日に逮捕された放火犯は2年前にも昌慶宮の文政殿に放火し、執行猶予判決を受けたが、その後も火を付ける文化財を物色していたという。 放火犯は当初宗廟に目をつけていたが、夜間の出入りが難しいため 「最終的に警備が手薄で、入り込みやすい崇礼門を選んだ」 と供述している。 つまり崇礼門の惨事は、起きるべくして起きたものだった。 穴だらけの行政システムが、崇礼門を火だるまにさせてしまったのだ。


 国宝指定されたのにホームレスの溜まり場になってた時点で韓国人には文化を大切にする気持ちが欠如してるのが判る。
 国宝1号の門の上が浮浪者のたまり場で糞尿の匂いとゴミ屑が散乱してたなどというニュースの方が日本人からすれば仰天ニュースだが、 それ程粗末に扱ってた癖に焼け跡に向かって、 拝んだり、 涙を流すなんてどこまでピント外れなのか想像を絶する民族だ。


南大門火災 :

「国民の寄付金で復元」 発言に賛否両論

募金を集める李次期大統領と政権引き継ぎ委員会の李慶淑委員長。
その様子をこっそり見ながら盧武鉉ノ・ムヒョン大統領が一言。
「わたしも一緒に回ろうかな?」
 火災で全焼した崇礼門( 南大門 )の復元費用の調達方法として、国民から寄付金を募るという案が12日に出されたものの、反対の声が少なくない。

 日本では、在日本大韓民国民団( 民団 )が光復会を通じて寄付金2000万円を送金してきたのをはじめ、多くの寄付金がメディア各社に寄せられた。 また、 「何か方法はないのか」 とする問い合わせの電話も相次いだ。 これらすべては国民の自発的な行動によるものだった。

 李明博イ・ミョンバク次期大統領も同日、引き継ぎ委員会との会議で 「第1次の復元予算が推定で200億ウォン( 約22億円 )に上るというが、これなら政府の予算でも賄える。 国民が皆で力を合わせて寄付するのはどうか」 と発言した。 また、引き継ぎ委員会の李慶淑イ・ギョンスク委員長も 「国民一人一人が真心を込めて修復する、われわれの願いのこもった( 国民による寄付金という次期大統領の )提案が望ましい」 と話した。

 しかし、こうした発言が報じられると、大統合民主新党の禹相虎ウ・サンホスポークスマンは 「寄付を強要するのは独裁政権がやりそうなことだ」 とした上で、 「国民による寄付は、決して官公庁や大統領の強制によって成り立つものではない」 と批判。 これが口火となって論争はインターネット上へと広がった。

 ネット上の論争では、寄付金に賛成する意見も見られたが、むしろ 「国民は言いなりになるべきではない」 といった否定的な反応の方が多かった。 あるネットユーザーは 「こうした事件が起こるまで重要文化財をそのまま放置してきたのは一体誰なのか。 寄付金を募るというのは、国民だけに負担を負わせるめちゃくちゃな主張」 とした。 また、そのほかのネットユーザーは 「わたしは税金をたっぷり支払っている。 先日は泰安沖の原油流出現場でも奉仕活動をしてきた。 今後は事を起こした人々が責任を負うべきだ」 と主張した。

 中には 「国民が自発的に始めた寄付を、まるで李当選者の提案をきっかけに始められたかのようにしてしまうことで、昔行われた強制募金のような雰囲気が広がってしまう恐れもある」 と懸念する声もあった。
- 朝鮮日報 -

 再建しようにも全国的に禿山で木材ないし、職人は下賤ってなことで宮大工いねぇ~し、捏造が国技だから設計図どおり出来ないし、第一金ないし、もう日本が再建しなきゃなんねぇ~の目に見えてるじゃん。

朝鮮人曰く、
『おまいらは韓国の文化を破壊したいのか? 自分達の祖先が建てたものを、外国人の手を借りて再建なんてしたら永遠に独自文化などと言えなくなってしまうだろ。』
えェ~ 補足変換すると、
『愚かで貧しい韓国は、旧宗主国様の資金援助無しでは、国宝を再建出来ません。 又、伝統技術を軽視し継承を怠った為、技術的に多少の困難が在り、ご指導賜りましたら幸いです。 更に、恐れ大い事ですが、神社仏閣等補修の際の木材がお余りでしたら、お譲り願います。 尚、この度の御恩は子孫永代に語り継ぎ、ウリ民族の伝統に則り、仇で返す為に邁進する所存です。』
と言う事?

 「ニッテイに切り取られた、城壁も復元する。」 っていう、あのCGどうよ?
 真っ直ぐ伸ばすと道路にはみ出すから、斜め前方に折り曲げて造るみたいだよね。 どこが 「復元」 なんだか。


 再建したら、前より一回りも二回りも大きくなってたりして。 化学樹脂と機械力でもって難燃、防腐、強化処理がされた木材を金属製の金具で締結した 「世界最大級の木造建築」 を造り、 「燃える前は東大寺大仏殿よりも大きい世界最大の木造建築だった」 などと言い出しそうだ。


【米国】 名門カリフォルニア大学バークレー校の寮に放火、韓人男性を逮捕 [ 2008/02/02 ]

 在校生と推定される韓人男性が名門UCバークレーキャンパスの寄宿舎で放火を犯した疑いで学校警察に逮捕された。

 UCバークレー警察局は先月30日午後1時23分頃、キャンパス内フットヒル-ヒルサイド寄宿舎8号棟2階のスイートルームに火を付けた疑いでケビン・キム容疑者を検挙した。 放火を犯す過程で火傷をしたキム容疑者は救急車で近隣の病院に移送され、72時間の精神鑑定を含む治療を受けており、刑事犯として拘束された状態だ。

 キム容疑者が寄宿舎に火を付けたことで、建物に設置されたスプリンクラーから水が撤かれるのを目撃した一部の学生たちが911に連絡し、直ちに学校警察が現場に出動してキム容疑者を放火の疑いで検挙した。

こいつらには放火の遺伝子でもあるのか?
親日派狩りしてる場合じゃねぇ~ 放火魔遺伝子を根絶すれや!





しかぁ~し、
パソコンで写真をいじったことのある人はわかるけど、素人が見てもはっきりわかるほど背景と人物の明度が違うし、パースもずれている。



 つまり、捏造された合成写真なのだ。
 Photoshop の使い方をもっと勉強しとけよナ!)

 自分たち韓国人が国宝に放火したことのショックを和らげるために、日本人を悪者にして ……。
 さすが韓国人ですね!
  …… としか言いようのない 悪質な捏造記事、騙されてはいけません。
 韓国人自身が 嫌韓の日本人 を増殖させているのです(笑ぇ~)





韓国的物語・なんだいモン

 日本が韓国併合時に、何もめぼしいモノがない韓国にあった南大門を 「国宝」 に指定したばっかりに ……

化部次長が、 「日本が南大門や東大門を文化財に指定し、保護・修復したのは朝鮮を卑しめるためだった!」 と激昂。
ウル市長時代のアキヒロが、南大門を開放したら、ホームレスに住まわれ糞尿で汚染。
チガイじじいの逆恨みから放火、炎上。
所同士の諍いから、屋根を壊して放水できず。
火したと思ったら、内部で火種が燻っていて手がつけられず。
後の手段で放水口を開けるため、屋根を壊したら空気の通りがよくなって、バックドラフトで大炎上。
火に手間取り跡形なく崩壊。
日、日本人が焼け跡で記念撮影してると新聞でファビョ~ン! しかしそれは新聞社のヤラセ。 後に合成写真の疑い。
れどころか、跡地をバックに若手警官がニッコリ記念撮影がバレる。
うじて焼け残った資材はゴミ扱いで廃棄。
りる火災保険金はそこらの木造建築程度で雀の涙。
ットでは 「崇礼門( 南大門 )全焼は鳳凰の呪い。 日帝の火魔の仕業ニダ!」 と韓国人が狂乱。
キヒロが修復募金を募ろうとしたら国民の半分が反対。
係ないのに朝日新聞が社説で、 「日本が隣人として協力できることはないだろうか」 とでしゃばり。 ( ※1 )
つのまにか賽銭箱が設置されたが、なんとババアの賽銭詐欺。
火犯は、 「責任は盧武鉉にあるニダ!」 と大騒ぎ。
TVインタビューで南大門にたむろしていたホームレス批判した市民が、その場でホームレスにボコられる。
大門の瓦がオークションサイトに登場 ネチズンから非難噴出 …… のちに自作自演と自供。
建用松ノ木についてる松脂採取の痕を、 「日帝蛮行の証」 と非難。
本のひのきが使われていたため火の回りが加速したと調査団が発表。
大門焼け跡に再び火をつけようとした20代女性逮捕 「お金がなくてむしゃくしゃして火をつけた」 真打登場!。
人格でも仏閣でもないのに、来月29日(2008/3/29)に南大門の四十九日法要 …… 死亡確認!?。
大門廃墟に市民殺到・土日で4万人~南大門の魂を鎮めるためのシャーマン儀式行う。
備会社KTテレコップが宣伝効果を狙って、南大門の管理担当官に賄賂を渡し、警備業務を受注していたのが発覚。
礼門火事が起きた2月10日が 「文化遺産の日」 に制定される模様 …… 燃え尽きてから遺産ってのはなぁ ……。
度は東大門を火祭りだ! 東大門のあたりで模倣犯による放火事件頻発! 韓国の国技健在!

関係ないのに、日本の それもNHKが修復募金を募り始める …… 韓国で集めろやボケ!

( ※1 )日本が隣人として出来ることはあるか?
りますわよ、朝日新聞 さん!
  ( 1 )ノービザ入国の撤廃
  ( 2 )経済政治文化関係の凍結
  ( 3 )在日朝鮮人の祖国復帰支援
日韓友好時代など過去にも未来にも永遠にありません
将来展望があるとしたら国交断絶、在日韓国人強制送還のみ

言は 寝て言え! アカヒの論説委員は頭蓋骨に藁クズでも詰まってるのか?朝鮮人どもは手前のとこの文化財すら放火するクズどもだぞ。 何が協力だ。

浜の関帝廟が消失した時は、日本だけじゃなく世界中の華僑がこぞって資金を出し合って復興したじゃないか!パチンコ産業でしこたま儲けている在日韓国朝鮮人は、金を出そうって言わないとこが卑しいんだよ。

うせなら国ごと燃え尽きればよかったのによ。

まいら朝鮮人は阪神大震災の時は手を叩いて喜んだんだろう? 勝手な事言うな!

国人って二言目には 『日本人は歴史を知らない…』 とかほざくが、周辺国との歴史の整合性がまるでない韓国の歴史が間違っているとは思わないのな …… 世界史学ばないからな

国人が日本を見る目は昔から変わらないが、日本人が韓国を見る目は変わった。 つまり、日本人は日韓関係に溝なのか壁なのかを意図的に作った のだ。

わざわざ溝を埋めたり壁を壊すなよ




   


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「原型を忠実に復元したニダ」 と韓国が胸を張っていた、
できの悪い復元天井絵


  … 日本産接着剤 “にかわ” のせい?


 火災で焼失して今年5月に復元された崇礼門の丹青の一部が完工直後に剥落し、文化財庁が原因調査に乗り出した。 丹青は伝統建築の壁・柱・天井などに様々な色で描かれた文様や絵で、通常は10年程度で剥落の補修が必要となる。

 一部からは、丹青の早期剥落現象は日本産のにかわを使ったせいだという主張が出てきている。

 文化財庁は8日、崇礼門管理所などが今年5月以降、数百ヵ所の崇礼門の丹青のうち約20ヵ所で剥落現象を発見して経過観察してきたと明らかにした。 このような現象は、日光があたる南側の丹青で主に現れた。 文化財当局は今月末から補修工事を始める計画だ。

 丹青が剥落する原因はこれまでに大きく2種類だと把握されている。 顔料の胡粉を塗るのが厚すぎたというのと、にかわに問題があったことという推測だ。

 崇礼門の丹青を担当した洪チャンウォン丹青匠は、 「顔料は国産と日本産を一緒に使った」 としたうえで、 「美しい明るい黄色を出すため、伝統方式どおりに胡粉を塗った後に赤い色を上塗りしたが、顔料をとても厚く塗ったためこの部分が剥がれたようだ」 と説明した。

 丹青剥落のもう一つの原因として、日本産のにかわが指摘されている。 接着力を高めて防湿、防腐、防虫の役割をするにかわは、復元当時の鋭敏な問題として反対世論が強かったが、計画どおりに日本産を使った。 一部からは、崇礼門の復元工事の際に丹青現場で饐えたにかわの臭いがしたという主張も出てきている。


 
南大門復元完成の式典で 「韓国文化の底力と誇りを世界に知らせたい!」 と胸を張った朴槿恵


 自国の未熟な復元技術を顧みないで、 「日本のせいニダ!」 がまた出た。 バ韓国人は自らのミスが明らかになると反射的に日本のせいにしたくなるようだ。

 日本の歴史的建築物、美術・工芸品の復元は世界最高レベルと言う評価が国際社会の定説だ。 日本は長い歴史で幾度もの修復工事をこなしてきたが5ヶ月で天井絵が剥落したと言う話は聞いたことが無い。

 南大門の修復工事は、ネット上では当初から手抜きの復元がすでに指摘されていた。



虹霓門( 虹模様の中央通路 )天井の竜の絵( 上 )焼失前と( 下 )復元後を比較すると
「これってマジに復元?」 と思わず笑える韓国の復元技術だ( 笑 )




韓国の復元を見ると思わず連想させられるのがコレ。
世界中を驚愕させたスペインのフレスコ画の素人復元である



 このような手抜きと意識的な外観変更を 「ハイレベルな復元」 と胸を張る韓国人に、当時のネットでは朴槿恵の 「南大門は韓国の顔」 と言う発言に絡めて 「韓国の顔だから復元しないで整形しちゃうんだ…」 とちょっとした話題になっていた。



ほとんど原型を止めない韓国の顔面改造。そしてやり過ぎでの失敗。
これと同じ理屈が南大門の天井絵で起きたのだ



 韓国・中央日報は、 「復元された南大門は多くの人々にとってやや見慣れない姿かもしれない。 火災前の姿とはかなり違うからだ。 韓国戦争当時に銃弾で損傷し、60年代初期に解体修理過程を経験した。 今回の復旧は朝鮮初期創建当時の原形を取り戻す道だった」 としている。

 要するに、韓国の復元工事とは 「その時々の工事で外観がコロコロと変わる特性がある」 と自ら認めているのだ( 笑 )。

 “にかわ” は繊細な管理がいる難しい接着剤だ、韓国人が使用するのはどだい無理だったのかも知れない。 おそらくことの真相は …… 韓国人の未熟な職人が顔料を分厚く塗り過ぎたために剥落した。 …… これが原因だろう。