45 【 '96米 】映画マイケル・コリンズと朝鮮独立運動の真実


 96年に公開され、ベネチア映画祭グランプリ・同最優秀主演男優賞を獲得した 「マイケル・コリンズ」 である。
 言うまでもなく、イギリス統治下にあったアイルランド独立運動の英雄である。
 たった31年の生涯で、祖国をイギリスから独立させた信念の男を演じるのは、リーアム・ニーソンである。
 ダーティーハリーや最近のK19( ハリソン・フォード主演 )での個性ある脇役として活躍してきたリーアム・ニーソンだが、今作品では、堂々たる濃厚な演技で主役を演じ、世界でも高い評価を得た作品に仕上がっている。
 マイケル・コリンズの実像では、初期の彼はゲリラ戦実戦部隊のリーダーとしての側面が強かったが、その後、祖国解放において地下の独立運動組織をまとめ上げ、日の沈まぬ帝国大英帝国と堂々と渡り合い、ついにアイルランド独立を勝ち取るのである。
 しかし、独立に際して、現在にまで続く両国の問題となっている、北アイルランドを英国側に引き渡さざるを得なく、それを受けてアイルランドは2派に分かれた 「内戦」 へと向かうことになる。
 マイケル・コリンズは今度はアイルランドの正規軍の総司令官として、北アイルランド奪還を訴える過激派との戦いを余儀なくされる。 そして、その最中に31歳という若さで銃弾に倒れる。
 イギリスとアイルランドの戦いの歴史と、現在の北アイルランド問題の原点を見いだすことが出来る作品である。
 そして、この独立運動は、当然、朝鮮独立運動を思い起こさせるものである。

 韓国人は、常に日帝に対する朝鮮独立運動を美化し支持するものであるが、その実態は李朝期全般に見られる朝鮮民族の内訌( 内乱・内輪もめ )に終始した烏合の集団でしかなかったのである。
 韓国人は3人集まって団結し、5人集まって派閥を作り、10人集まって必ず仲間割れをするというが、これは過去それこそ数百年に至る朝鮮民族の伝統と言ってよいものである。
 こういった、朝鮮半島における内訌を止揚したのは他ならぬ朝鮮総督府であり、半島内の近代法治社会の土台を作ったのである。

 独立運動ではないが、 「斥倭」 を掲げて蜂起した1894年の東学党の乱が崩壊したのは、日本軍のせいでも清国のせいでもなく、内訌の歴史を辿ってきた愚かな朝鮮人の宿命として 「30~40万人」 と言われる東学党が自壊・自滅をしたのである。
 東学党の乱が蜂起されるにあたり、崔時亨配下の北接( 忠清道 )派は、蜂起に反対していた。
 そして、湖南の全と、湖西の徐という二人の指導者を、国家の逆賊・師門の乱賊であるとして、 「討南旗」 を掲げて譴責している。
 ようするに、蜂起直後から内輪もめが始まっていたのである。 東学党の内紛はさらに激化し、南北接( 接・包・元・伝の教団組織 )の指導者が分裂し、党員による人塚の盗掘、掠奪、暴行など悪の限りが尽くされている。
 また指導者の湖南の全は、側近の裏切りで政府軍に逮捕され、処刑されている。
 これだけ内訌による殺しあいが激化すれば、反乱自体が自滅するのは当然の理だろう。

 その後の義兵運動もこれと似たようなものである。 初期の義兵は、儒学の忠孝思想を大義名分として復仇の反日・抗日決起をした。
 しかし、所詮民衆の基盤を持たない運動であり、すぐさま義兵運動は平定され、ちりぢりとなった 「義兵」 は、 「火賊」 「東匪」 「活貧党」 などに変化し、匪賊化、単純な農民一揆へと変貌した。
 朝鮮近代史に出てくる、 「火賊」 というのは、朝鮮人独自の殺人・掠奪・放火をはたらく強盗集団のことを指す。
 彼らは、住民達をゆすり・たかり、その要求に応じなければ住居或いは、村全体を焼いてしまうと言う、極めて悪質な犯罪者集団であった。
 日露戦争後の 「義兵」 にしても、実質的には 「韓奸」 「親日派の走狗」 「政敵」 を襲撃する匪賊と変わらない存在だった。
 その証拠に 「韓国独立運動史」 ( 編集:金永学 )によると、義兵闘争における死者数は、倭軍警( 日本の軍隊・警察 )の死者127名に対して、 「敵の走狗」 ( 日本に協力していると見なされた朝鮮人 )が1250名と、実に10倍の数で殺されているのである。
 朝鮮人同士の殺しあいのすさまじさを物語るであろう。 匪賊と成り下がった 「義兵」 は、軍資金を民衆から強制徴用し、 「運動」 を展開していた。
 日本から見ても、また朝鮮民衆から見ても、 「義兵」 とは匪賊以外の何者でも無かっただろう。

 上に出てくる1900年以降に登場する 「活貧党」 も、日本人商人を襲ったり、商品を掠奪したり、果ては日本との通商禁止を叫んで匪賊化していった。
 東学党から義兵運動に至るまで、彼らはまともに呼べる 「独立運動」 など展開したことがなく、ただ単に 「反日」 という共通項が存在していたに過ぎない。
 実際、3.1運動以降の朝鮮人による反日運動は、李朝時代の朋党内紛の延長に過ぎず、半島の民衆から支持を得ることが出来なかった。
 そこで、抗争に明け暮れる朝鮮人達は半島の外に飛び出し、もともと反日運動と言われていたものが、いつの間にか半島外での朝鮮民族同士の抗争運動・殺し合いとなったのである。
 朝鮮民族同士の争いが、朝鮮半島から出ていったのは、別に総督府が追い出したわけではない。
 何より、総督府の指導の元 「法治国家」 として歩き始めた朝鮮半島において、民衆の支持も得ることが出来ず、匪賊化した彼らの居場所が無くなっただけなのである。
 こうして、反日の英雄同士の殺し合いは戦後まで続き、金九や呂運亨など有名な反日指導者や活動家は次々と暗殺され、過去の反日英雄たちは、日本の敗戦と共に内紛によって殺し尽くされたのである。

 如何だろうか?
 これでも朝鮮独立運動は日本に対抗した、朝鮮人の矜持であったと、胸を張ってその運動を褒め称えられるだろうか?
 マイケル・コリンズには堂々たる信念と統率力、そして人望があった。
 そのような人間が朝鮮に存在しなかったことが、以上の通りの朝鮮民族同士の殺し合いの運動、匪賊として民衆を襲う犯罪者集団を形成するに至ったと考える。
 韓国人達が賞賛して止まない朝鮮独立運動とは、全くの虚言・妄想に基づくもので、朝鮮の独立とは、日本の敗戦により米国によって了承された 「他律的独立」 に他ならず、朝鮮人達自身の自立的独立ではなかったことが、現在の歪んだ韓国人の精神を形成することとなったことは、極めて残念である。
今一度韓国人は自国の歴史を、冷静にそして客観的に見つめ直さなければならない。