40 Dances With Wolves と 「日帝の土地強奪の大嘘」


 作品、監督、脚本、音楽賞など全米アカデミー賞7部門を制覇したこの作品ほど、異色の作品はないだろう。
 ケビン・コスナー第1回監督の同作品は、南北戦争時代の米国の姿を 「ネイティブ・アメリカン」 の立場から捉えた、それまでの開拓魂( フロンティア・スピリッツ )を全面に出した西部劇から一線を画している。
 単に 白人 vs ネイティブ・アメリカン の構図ではなく、美しいアメリカの大地に根ざしたネイティブ・アメリカンの心にケビン・コスナー演じる北軍中尉ジョンが触れていくというストーリーは、公開当時のアメリカに新鮮な驚きを与えている。
 正直、日本人の目から見ると、これといった見せ場がなく淡々と進んでいくストーリー展開に見えるが、白人とネイティブ・アメリカンの心の交流という、彼ら独自の美学意識の作品ではないだろうか?
 さて、ネイティブ・アメリカンと言えば、米国原住民として、今なおその土地に根ざした生き方をしている。
 そして、土地といって思い出すのが、韓国で喧伝される 「日帝の土地強奪の大嘘」 である。

 日帝の土地強奪とは、韓国で 「日帝の七奪」 として教えられている歴史歪曲捏造である。
 当時の記録をあたってみると、日帝の土地強奪とは、殆どが李朝時代の両班による 「土地強奪」 をモデルとしてでっち上げられている事が分かる。
 李朝末期の記録、ダレ神父の 「朝鮮事情」 の中で、両班による土地強奪を次のように書いている。
「両班は、世界中で最も強力にして、傲慢な階級である。 彼らが強奪に近い形で農民から田畑や家を買うときは、殆どの場合、支払い無しで済ませてしまう。 しかも、この強盗行為を阻止できる守令( 現在の知事に相当 )は一人もいない」
 最近、ようやく両班の実態が韓国でも知られるようになってきたが、知識人階級として尊敬されるどころか、実際の両班はこのように暴虐非道の限りを尽くした強盗まがいの連中だったのである。
 個人的にだが、日帝の暴虐非道というのは、実際はこの両班の暴虐ぶりをモデルに、後の韓国がでっち上げたものであると、私は確信している。

 また、土地の修得自体に関して、李朝末期の国王高宗は、周辺住民の反対を押し切って、自ら進んで開港地周辺の土地を列強諸国に売却している。
 勢力均衡策だとしているようだが、高宗時代の朝鮮での売官( 官職を金で買うシステム )など腐敗しきった状態を見れば、金のためだけに高宗が売り払っているのが良く理解できるだろう。
 こういった、自国の元国王たちの所行まで日帝のせいにされるのだから、日本人としては怒りを通り越して、呆れ返るばかりである。

 何より、土地強奪などは朝鮮人のお家芸である。 国内はともかく、戦後焼け野原となった日本で、朝鮮人達がどのように日本の土地を強奪したか? 最近、ようやくネットでもこの問題が取り上げられ始め、朝鮮人の非道ぶりが明らかになりつつある。

 確かに、朝鮮半島で日本人地主が存在したことは事実だが、当然それは法に則って購入したものである。
 韓国人の多くは分かっていないらしいが、当時の日本は朝鮮と違い法治国家である。
 法治国家の日本では、法を破れば例え日本人といえども、処罰されるのは言うまでもない。
 日本は朝鮮併合後、朝鮮半島の土地を確定させるために、土地調査を行っている。
 これ自体をもって土地強奪の準備と見なす愚かな韓国人がいるが、まず、日本が土地調査を行わなければならなかった事実を検証しなければならない。
 言うまでもなく、これは李朝が朝鮮半島の土地の調査・確定作業をしていなかったことを示し、統治能力が欠如していた事を証明する。
 そして、日本の土地調査の目的は、土地の確定と、未開の土地を開拓し農業振興を押し進めるためであった。
 1910年の朝鮮の米穀収穫量は、約1千万石だった。 それが18年後の1928年には、1700万石。 1933年には1900万石と急進している。 このように、朝鮮併合後の朝鮮半島での急激な米穀収穫量の急増を見れば理解出来るだろう。

 また、土地買収と植民を目的とした 「東洋拓殖株式会社」 ( 東拓 )が朝鮮で設立されたが、朝鮮総督府は東拓の民間土地買収の多くをを認めず、さらに駐屯土と言われた、所謂、所有者無しとして国有地とされた土地についても、東拓へは譲渡することなく、自作農推進のため、朝鮮人小作人達に分配されている。
 この結果、東拓の土地買収と植民事業は完全に挫折している。
 今で言えば、イスラエルの入植政策に似ているが、これを朝鮮総督府は是としなかったのである。

 この例を見ただけでも、韓国の言う 「日帝の土地強奪」 というのが、いかに嘘っぱちであるか分かるだろう。
 そもそも、朝鮮で多くの民衆から土地を奪ったという主張自体が矛盾に満ちている。
 当時の朝鮮の土地所有は、両班や一部地主に集中しており、字も読めない農民たちには土地など存在しなかったのである。

 他にも、江西開拓事業を見れば、3500町歩( 約3150ヘクタール )の干潟地や沿岸草生地など、殆ど荒れ果て長年朝鮮人達から見捨てられてきたような不毛な土地に、日本人は入って開拓してきたのである。
 美田を奪ったと叫ぶ韓国人達だが、実際に美田を独占していたのは朝鮮人達で、日本人はこのような朝鮮農民が手をつけようとしなかった、荒れ野の開拓に汗水を流してしたのである。

 今の韓国の農業が存在するのは、多くのこういった日本人達の努力によるものである。
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