35 韓国発 「内在的発展論」 の限界


 内在的発展論とは、簡単に言えば 「朝鮮は歴史的に発展してきた社会であり、どの発展の契機は主として朝鮮内部にあった」 とする主張にたって、朝鮮社会に内在する諸要素に注目しながら、朝鮮の歴史的発展の過程を明らかにしようとするものである。
 この言葉で少し難しければ、要するに 「朝鮮の歴史は朝鮮人自身の手で作られ、発展してきたのであり、中国や日本の干渉で発展してきたわけではない」 と言うことである。
 この論に立つと、中国の千年属国であった朝鮮を否定し、日本の朝鮮併合による朝鮮近代化の貢献が無意味となるのである。
 今回は、歴史的見解に立った朝鮮の発展と、日本の関わりを見てみよう。

 特に韓国人が使う内在的発展論は 「朝鮮併合で日本が朝鮮を近代化した。 と言うが、日本の併合がなくても朝鮮はすでに近代化の発芽をみており、朝鮮の近代化は歴史の必然であった。」 という物がある。
 この一言がいかに歴史的事実を無視するものか、多くの日本人が理解するところであろう。
 日本が朝鮮を併合する直前の李朝末期の有様は、この世の地獄であると当の朝鮮の知識人達も認めている。
 閔妃よる悪政、そして 朝鮮末期の状況 など冷静に振り返れば、李朝末期に近代化の発芽などあり得ないことが理解出来るだろう。

 さて、話を少し戻して、戦後から論じられるようになった内在的発展論であるが、それまでの朝鮮史観とはどのようなものであったのだろうか?
 基本的に、戦前の朝鮮史研究は主に日本人研究者の手によって行われてきた。
 彼らは、朝鮮を進歩のない停滞した社会であるとみなし、朝鮮史の発展過程を常に外部勢力に起因する他律的なものと理解した。
 これを 「停滞史観・他律性史観」 と呼ぶのだが、彼らの研究は、朝鮮の発展には日本による保護と指導が不可欠であるという、朝鮮併合正当化論を導き出す要因ともなった。
 これは研究者の自覚的か否かによらず、朝鮮社会を停滞的・他律的と見なす史観は、当時の朝鮮史研究者全体に深く浸透していたと言わざるを得ないのである。
 確かに、この 「停滞史観・他律性史観」 は、無条件の朝鮮蔑視感や民族差別意識を助長する要因ともなり、これについては我々日本人自身が反省するべき点でもある。

 しかしながら、停滞史観・他律性史観に対抗する形で生まれた内在的発展論も、また決して健全な形とは言えなかった。
 戦後、韓国・北朝鮮で生まれた新たな 「自主的史観」 の誕生が、内在的発展論を作り出すのにそれほど時間は掛からなかった。
 日本で生まれた、朝鮮の停滞的あるいは他律的歴史観をぬぐい去ることを目的としたこの論は、確かにある意味で韓国人たちのアイデンティティを形成するのに一役買ったことは間違いないが、それは冷静に過去を見つめるというごく当たり前の要素を韓国人自身から奪い去り、韓国人のアイデンティティを偏狭ナショナリズムへと駆り立てていった一因ともなった。

 在日研究者の安氏は1975年発刊の著書で、内在的発展論を 「浮き彫り的方法」 と非難し、 「阻止的要因」 を含めた 「構造的把握」 の必要性を説いている。
 元から、日本における終戦までの朝鮮史観に対抗するという不健全な目的で生まれた内在的発展論は、朝鮮史美化運動とも言える側面を持ち、また外からの批判に極めて非寛容であるという非合理的或いは独善的要素を持っている。

 韓国人が自らの歴史に誇りを持つことを悪いとは言わないが、結果としてそれが日韓の齟齬の原因となっているのなら、もう一度その歴史を振り返る努力を韓国人はするべきである。
 これまでも指摘してきたが、朝鮮は常に中国の千年属国であり、日本によって近代化がもたらされたのである
 この歴史的事実を認めることは決して恥ではない。
 本当の恥は、歴史的事実を隠蔽しようとする韓国人のあり方なのである。