34 親愛なる反日韓国人たちへ


 日韓関係の歴史を見ると、過去60年近くの両国関係は明らかに異常である。
 韓国においてはでっち上げの 「日帝」 を持って反日教育による国民の洗脳が行われているにも関わらず、それに対して日本政府そして国民も殆ど興味を示さなかった。
 現時点から考えれば、韓国政府がでっち上げる 「日帝」 や過去の問題で日本政府・国民がそれは間違っているときちんと韓国政府・国民に伝えていればここまで関係が拗れることは無かっただろう。
 その意味では、日韓関係の齟齬の原因が日本側にも有ると言わざるを得ない。
 最近になってようやく、これまでの韓国政府による非常に一方的な対日史観を批判する動きも韓国からは出てくるようになった。

 安秉稷ソウル大教授は昨年( 2002年度 )の論文で次のように韓国の歴史認識を批判している。

 「 歴史記述は明暗織り成す歴史の両面性、多様性に留意し均衡感覚を持つべきだ」 とし 「日帝( 日本帝国主義 )治下の韓国人の生活に表れた肯定的な面は無視してはならない。 日本統治時代についての歴史認識で均衡ある視角の重要性はいくら強調しても強調しすぎることはない」 と述べ、当時の 「大多数の韓国人の日常性」 を無視して抑圧、収奪、統制、苦痛、犠牲だけを強調する歴史観を厳しく批判している。

 論文は 「植民地時代をひたすら否定的な経験だけで綴るとするなら、解放後しばらくの間、日帝時代に対する肯定的な記憶と郷愁が残っていたという現象をどう説明するのか」 「伝統的な身分秩序が解体され新しい社会的移動の機会が生まれた日本統治時代に、身分上昇を通じ自由と解放を経験した韓国人はいなかったのか」 「道路ができ汽車が走り近代的教育や医療施設が登場するなど、新しい変化は韓国人たちの現実認識や経験に何ら肯定的な影響を与えなかったとして無視していいのか」 と具体的に問題提起している。

 また 「日帝時代の大多数の韓国人が日常的に終始、抑圧と統制、苦痛と収奪を経験する非正常的な状態だったなら、果たして( 日本による支配 )体制は維持されただろうか」 ともいう。

 希では有るが、韓国知識人階級にもこのように冷静に過去を見つめ直し、もう一度日韓関係を再構築しようとする動きが出てきているのは見逃せない事実ではある。
 反日韓国人がいかに火病し、喚き散らし、でっち上げの日帝を持ち出して日本人の罪悪感を煽ろうとしても、何時の日にか必ず歴史というのは真実を我々に語ってくれる。

 ここで討論していると、過去のことは忘れて未来を語ろうという発言がある。
 日本人に異存はない。 異存があるのは韓国人だけである。
 未来を語るはずがいつの間にか必ず日帝が持ち出されてくるのである。
 反日韓国人にとっては日帝と日本は条件反射的憎悪の対象であって、真実も理論も知性すらもそこには垣間見ることは出来ないのである。
 しかしこれは偏に韓国政府による反日教育の賜であり、洗脳された状態の韓国人に対して怒りよりも憐れみさえ感じるのである。

 反日韓国人が人間として立ち直るためには、過去の歴史はどうしても避けて通れない道である。
 であるなら、反日韓国人はどんなに聞きたくない事実であってもその事実に目を向け、そして立ち向かっていかなければならない。
 何時までも、自らのアイデンティティを反日に頼る姿は、愚かであり滑稽であり、そして同時に哀れでしかない。