26 韓国の歴史捏造検証:朝鮮は中国の属国ではなかった?


 過日、日韓の間で大問題となった教科書問題で韓国は35項目の要求を日本に突きつけた。
 恥知らずな内政干渉であり、これと逆に日本が韓国の教科書に様々な要求を突きつけたら韓国はどうするつもりなのかと問いたくなる位、理不尽極まりない要求であった。
 結果としてみれば、日本は韓国の要求を蹴った形となり、最低限の国家としての威信を示せたことは日本の一国民として安堵すべきものであった。
 遠山敦子・文部科学相は、韓国の修正要求の翌日、 「検定制度上、明白な誤りがない以上、合格後に修正を行うことはできない」 と毅然とした態度をとったことは大いに評価できるであろう。
 さて、前置きが長くなったが、今回この恥知らずな韓国の修正要求の中の一つを見ることによって韓国の歴史捏造を指摘したい。

 曰く 「朝鮮を中国の 「服属国」 として表現したものは削除必要である」

 これを聞いて、多くの日本人は首を傾げるに違いない。
 朝鮮の歴史を見るとき、どう見ても中国の属国であり、一体何を考えてこんな馬鹿げた要求をしてくるのであろうかと。
 かつて属国として中国に支えてきた事を恥だと考えているのだろうか。
 だが、どんな理由があるにせよ、歴史の歪曲・捏造を図ろうとし、なおかつそれを日本に強要するが如き韓国の態度は断じて許すことは出来ない。
 まず、朝鮮の過去の事実を列挙してみよう。

<国号の選択>
 朝鮮王朝実録によれば、太祖・李成桂は使いを明に送って、国号として 「朝鮮」 と 「和寧」 という二つのうちのどちらかを採択することを請い、 「朝鮮」 を選んでもらった。
 国号すら自分たちで決めることが出来ず、他国に選んでもらうなど 「属国」 以外の何者でもない。
 なお、この 「国号の選択」 に関して韓国の教科書は次のような歴史歪曲捏造を伝えている。
 曰く 「新王朝は、国号を朝鮮と定めた。 「朝鮮」 は、すなわち古朝鮮の伝統を受け継ぐという意味で、壇君に民族の独自性を求めるという意味が含まれている。」
 無論、事実は上の通り明に選んで貰ったのである。

<朝貢>
 朝貢については韓国側もその事実はさすがに認めている。
 となれば当然、 「朝貢」 は臣下の礼を致すものであるから、朝鮮は中国の属国であったと言える …… のだが、ここでもまた韓国の歴史歪曲捏造の教科書は次のように始めている。
 曰く 「明との外交は朝鮮側がより積極的であった。 朝鮮は朝貢を通じて明の名分を立ててやり、使臣の往来を通して経済的・文化的実利を得た。 しかし後にはいきすぎた親明政策に流れる傾向があらわれた。」
 何をかいわんやである。
 「明の名分」 という訳の分からない理屈で朝貢は仕方なくやっていたもので決して臣下の礼をとった訳ではないことを強調しているのである。

<人質・強制連行>
 明の後、清が中国の統一王朝となったが、この際朝鮮と戦争をし清は朝鮮に勝利している。
 清は朝鮮の王子一族他、貴族とその家族数百人を人質としており、朝鮮民衆50万人を強制連行している。
 朝鮮が清に敗北した1636年から1881年までの244年間の間に、朝鮮から清への朝貢はなんと500回を超えるに至っている。
 また、清の使者が朝鮮を訪れる際には朝鮮国王は漢城郊外の迎恩門まで出向き、土下座をして恭しく使者を迎え、慕華館で勅使の接待をすることを余儀なくされていた。
 もう誰が何と言おうとこれは清の属国として朝鮮である …… はずなのだが、ここでまたまた韓国の歴史歪曲捏造の教科書は次のように説明している。
 曰く 「後金は勢力を強め、国の名称を清とかえ、朝鮮王朝に対しては君臣の礼を要求して再び侵入し、漢陽を占領した。 そのため仁祖は臣下とともに南漢山城に移り、45日間抗戦したが、ついに清の要求を受け入れて講和を結んだ。 この戦争を丙子胡乱という( 1636年 )。」
 そう、朝鮮は敗北したのではない 「講和」 をし清と友好関係を結んだだけであったのだそうだ。

 いかがであろうか、普通の理性ある人間ならばどう見ても朝鮮は中国の属国であったと断言できるであろう。
 確かに、その事実は韓国人の自尊心を傷つけるのかも知れない。
 韓国内だけでこのような歴史の歪曲捏造をするのは構わないだろう。 ( 本当は構わない訳はないのだが )
 だが、韓国のご都合主義の歴史歪曲捏造を日本に強要するなどの行為は恥知らずな行為であり、およそ近代文明国家のとるべき行動ではない。

 我々の隣に在する国家はかくも歪曲と捏造に満ちた国家であり、それを我々日本人に恥ずかしげもなく押しつけようとする国家であることを我々は深く認識し対応しなければならないだろう。