( 2018.05.04 )

 


 韓国の文在寅ムン・ジェイン大統領と北朝鮮の金正恩キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長が南北首脳会談で署名した 「板門店宣言」 では、 「完全な非核化」 が特に注目されました。 しかし、同宣言には、年内に朝鮮戦争の 「終戦」 を宣言することも盛り込まれています。

 4月27日に板門店で行われた南北首脳会談において、完全な非核化と終戦を目指すことが宣言されました。 非核化と終戦、どちらもインパクトのある言葉ですが、この二つのうち、 「終戦」 が日本にもたらすものが問題です。

 「終戦」 は、朝鮮戦争の終戦を意味します。 最近になって、やっと理解が広がってきましたが、朝鮮戦争は戦争の一時停止を意味する休戦が継続しているだけで、終結してはいません。

 この「終戦」は、二つのものをもたらすと考えます。 「在韓米軍の撤退」「拉致被害者の解放」 です。


在韓米軍の撤退

 朝鮮戦争は、北朝鮮による南進に始まりましたが、アメリカ軍・国連軍、そして中国とプレーヤーを増やし、1953年に署名された 「休戦協定」 は、国連軍と北朝鮮・中国軍との間の協定となっています。

 中国軍は、休戦の翌年に撤退を完了しています。 「終戦」 になれば、国連軍は韓国に駐留する理由、あるいは名目がなくなります。

 そして、国連軍とは、アメリカ軍とほぼ同義です。 休戦の直後、アメリカと韓国は 「米韓相互防衛条約」 ( 1953年 )を結んでいるため、国連軍の駐留理由がなくなったからといって、在韓米軍の駐留根拠、すなわち名目がなくなる訳ではありません。

 しかし今回の 「終戦」 宣言は、北朝鮮と韓国が、国連軍の駐留する意義をなくすと宣言したに等しいのです。 名目はあっても意義がないのでは、勝手に居座っていると言われるでしょう。

 もともと韓国国内の反米( 軍 )感情は、日本の比ではありません。 その原因は、北朝鮮による世論工作もありますが、韓国軍の指揮権がアメリカにあるなど、韓国がアメリカの植民地であるかのような関係にありました。 冷戦中は仕方のないことと考えられていました。 しかし、冷戦終結後には反米感情の下地となったのです。 もしアメリカ軍が居座るとなれば、反米( 軍 )活動が活発化することは避けられません。

 一方で、アメリカ側も、韓国への駐留を維持したいとは、もはや考えていません。 トランプ大統領による貿易赤字を理由とした撤退示唆は別としても、南北首脳会談を受け、マティス国防長官も在韓米軍撤退について 「議論が可能である」 と述べているように、北朝鮮の出方次第では撤退するつもりでいるのです。

 朝鮮戦争の休戦協定では、あくまで統一を求め休戦協定に加わることをしなかった韓国は休戦の当事者ではないため、 「終戦」 の協定あるいは条約がどのような形になるかはまだ見えません。

 しかし、休戦協定が結ばれた当時と比較すれば、韓国軍は非常に強化される一方で、在韓米軍は段階的な撤退により、現在は3万を割り込む数しか駐留していません。 すでに南北対峙の主体は、韓国軍になっているのです。 指揮統制権についても、平時の作戦統制権は1993年に韓国に移管され、戦時の作戦統制権についても、実施時期が延ばされているものの、既に予定された事態となっています。

 北朝鮮と韓国が 「終戦」 するとなれば、在韓米軍の撤退は確定と見るべきです。

 韓国内の保守派は、在韓米軍を必要だと考えていますが、文大統領が非常に高い支持率を得ているように、既に大勢には程遠い状態です。 アメリカでも、共和・民主両党内に在韓米軍を維持すべきという主張はありますが、韓国内の反米感情や予算の問題などから、維持すべきと強硬に主張できる状態ではなくなってしまっています。




 ダイエットの宣伝にまで使われるようになったおかげで一般にも知られるようになった 「コミットメント」 あるいは 「コミット」 するという言葉は、安全保障・外交論の世界では以前から頻繁に使用されていました。 アメリカの要人が、尖閣は日米安保の対象だと発言することなどがコミットメントにあたります。

 安全保障上のコミットメントの中で、もっとも強力なものが 「軍の駐留」 です。 軍を駐留させるということは、その国・場所を防衛するという不退転の決意表明となるからです。 もし攻撃が行われれば、駐留軍に死傷者が発生することとなり、駐留軍は戦闘せざるを得ない状況となります。 その意味から、駐留軍は、派遣国を参戦させるための人質であるとも言えます。

 つまり在韓米軍の撤退は、アメリカによる韓国防衛へのコミットメントの低下となります。 撤退したとしても、言葉によるコミットは続けるかもしれませんが、いざ有事となった時に、それが物理的に可能なのかという問題も含めると、アメリカによる韓国防衛へのコミットメントは大幅に低下したということになるのです。


 

 このことから想起されるのは 「アチソン・ライン」 が朝鮮戦争を誘発したという事実です。

 アチソン・ラインは、1950年にアメリカ国務長官だったディーン・アチソンが提唱した 「不後退防衛線」 です。 これが朝鮮半島の東側に引かれたことから、韓国は共産陣営に渡しても良いとの誤ったメッセージとして捉えられ、朝鮮戦争の誘因になったと言われています。

 2013年、中国への接近を強める韓国に対し、アメリカのバイデン副大統領が、韓国の朴槿恵パク・クネ大統領に向かって 「アメリカの反対側にベット( ギャンブル用語で賭けるの意 )するのは良くない」 と発言していますが、今や文大統領は中国どころか北朝鮮に接近しており、在韓米軍が撤退するとなれば、アメリカはもう韓国は向こう側の国だと判断した結果かもしれません。

 在韓米軍が撤退すれば、アチソン・ライン当時と同様に、アメリカは防衛ラインを朝鮮半島の東側、日本海上に引くことになります。

 当然、日本は最前線となります。

 日米安保は、今まで以上に重要性を増しますし、日本はより実効性の高い独自の防衛力を構築するとともに、米軍との連携を深めざるをえないでしょう。

 空軍を中心とした在日米軍の増強もありえるでしょう。 場合によっては、少数しか駐留していない米陸軍の駐留数を大幅に増やす必要が出てくるかもしれません。 また、実際の戦力としてよりも、政治的な抑止効果が主な狙いとなりますが、非核三原則を見直し、必要な際は核を持ち込ませることを認めるべきでしょう。


拉致被害者の解放

 また 「終戦」 は、拉致被害者の解放をもたらす可能性が高いと言えます。 「終戦」 が、北朝鮮にとっての拉致被害者解放の障害を、相当程度取り去るからです。

 北朝鮮は、拉致被害者を工作活動に関与させてきました。 田口八重子さんが、大韓航空機爆破事件( 1987年 )の実行犯、金賢姫キム・ヒョンヒ元北朝鮮工作員の教育係だったことは有名です。

 もし拉致被害者を解放すれば、それらの実態が白日の下に晒されると共に、国際的な非難を受けることが避けられません。 しかし北朝鮮の立場としては、日本は朝鮮戦争の当事国ではないとしてもアメリカを支援していることは間違いなく、中立国ではなく敵対国となっています。

 拉致は許されることではありませんが、北朝鮮とすれば、戦争行為の一環として行ったのだと言うことができます。 そして、そのレトリックを使うのであれば、戦争が終わったのならば、解放することが当然となるわけです。

 日本側が、戦争行為の一環といった主張に殊更反論をせずに受け入れてやれば、北朝鮮が拉致被害者を解放する言い訳が立つ、言い換えれば北朝鮮の面目が立つのです。

 こうした思惑は、金正恩委員長と文大統領にもあると思われます。 文大統領は、安倍首相との電話会談の中で、拉致問題の解決を金正恩に訴えたと伝えています。 その一方で、文大統領は、韓国の拉致被害者に関しては、金正恩に訴えていません。

 北朝鮮と韓国の間では、拉致被害者を返還するとなれば、捕虜の返還と同様に、当然相互で行わなければならないことになるでしょう。 北朝鮮は、脱北者の多くが、韓国による拉致だと主張しています。 脱北者の多くは、経済的な理由や政治的な理由による自発的な脱北者ですが、確かに一部は拉致に近い状態ではないかと思われる脱北者も存在します。 韓国の情報機関 「韓国中央情報部」 ( KCIA )が、東京で金大中拉致事件を起こしたように、韓国も相当に荒っぽい手段は取る国だからです。

 このため、韓国は 「終戦」 を理由とした韓国の拉致被害者開放を強く主張できません。 しかし、日本の拉致被害者の開放であれば、相互に交換という形にはなりません。




 また、金正恩委員長と文大統領の異様なほどの接近を見ると、この 「戦争行為だったので仕方なかった。 この度をもって清算しましょう」 という考え方をもって、北朝鮮と韓国が日本に共闘してくる可能性が高いように思われます。

 同じ図式を慰安婦や徴用労働者に当てはめることが可能だからです。

 日本と韓国は、慰安婦や徴用労働者の問題を含め、 「日韓請求権」 並びに 「経済協力協定」 ( 1965年 )によって解決しています。 しかし、北朝鮮との間には、こうした取り決めはありません。

 朝鮮戦争が 「終戦」 すれば、北朝鮮との間で同様の取り決めが俎上に上るでしょう。 文大統領は、この問題で北朝鮮と共同歩調を取り、日本に対して慰安婦や徴用労働者問題を蒸し返してくる可能性が高いと思われます。

 文大統領が、実際に日本から更なる賠償をせしめることができるかどうかは不透明です。 しかし、この問題に関しては、文大統領は、大統領就任前の公約を果たし切れていない状態であるため、北朝鮮と共同歩調をとることで日本に圧力をかけることで、支持率の上昇回復を図ることができるでしょう。

 「終戦」 が拉致被害者の開放につながると考えるもう一つの理由は、最近になって急にトランプ大統領がこの問題に関与し始めたことです。 自身が発言するのみならず、拉致被害者家族と面談するなどしています。

 北朝鮮にとって、もっとも重要な交渉相手は韓国ではなくアメリカです。 アメリカは、現在米韓首脳会談の準備を進めていますが、その作業の一環で、国務長官就任前のポンペオ氏( 当時CIA長官 )が北朝鮮を訪問し、金正恩委員長と会談しています。 その中で、拉致問題を進展させられるという情報があったのだと思われます。

 トランプ大統領は、自身の成果として誇ることができる目途が立っているため、拉致問題に対する関与を急速に強めているのでしょう。

 「終戦」 は在韓米軍の撤退と拉致被害者の解放をもたらす可能性が高いと考えられます。 しかし、非核化が本当に進展するのかなど、今後の交渉による部分が非常に多いことは間違いありません。 当分、この問題から目を離すことはできないでしょう。