( 2016.10.31 )

 



 密告制度も併用された韓国 「接待規制法」 の波紋

 「 韓国社会の清廉度を画期的に高める転換点としなければならない。 ( 新法を梃子に )韓国社会に根強い縁故文化と腐敗につながる不正常な慣行を断ち切る 」

 韓国で、いわゆる 「 接待規制法」が先月末に施行されてから20日あまり。 朴槿恵パク・クネ大統領は10月11日( 火 )の閣議で、この新法に寄せる並々ならぬ期待の大きさと不退転の決意で取り組む想いのたけを、改めて強調した。

黄教安ファン・ギョアン首相も先の国会で 「 公正で、清廉な社会を実現するため、はん社会的な努力が必要である 」 と答弁、腐敗と不正の撲滅へ国を挙げて取り組むため、広く国民に理解と協力を求め、意識改革を促した。

 関係者が怯えているのは、違反者を厳しく摘発し、処罰するための密告制度の併用である。 新法は、腐敗と不正の芽を摘むため、違反行為の申告者には最大2億ウォン( 約1840万円 )の報奨金が支払われ、さらに違反の摘発が国家財政に貢献したと認められれば、最高で20億ウォン( 約 1億8400万円 )が別途支払われる規定まで設けて、接待文化の意識改革を目指している。

 韓国の接待文化の由来は、根が深い。 歴史上、半島国家としての宿命でもある 「 事大主義 」 を背景に、古くから韓国社会で培われ、浸透してきた韓国特有の 「 ハンの文化 」 に根差す伝統的な処世術であり、生活の知恵でもある。 しかし、実態は過剰な競争社会に伴う必要悪が高じて、腐敗と不正の温床と化して久しく、目に余る弊害も否定できない。

 その弊害の側面をお上による一通の通達で、一気に 「 清廉度を画期的に高め、不正常な慣行を断ち切る 」 までに改めることができるのだろうか。 韓国日報などの地元紙は、 「 韓国社会は物凄い勢いで変貌し、大騒ぎしている 」 とも伝えているが、接待漬けと不正、腐敗が常態化している韓国社会でこの改革がいつまで続くか、疑問視する向きも少なくない。

 新法の正式の名称は 「 不正請託及び金品など授受の禁止に関する法 」 で、新法の立法化を推進、尽力した国民権益委員会の当時の委員長の名前を取って 「 金英蘭キム・ヨンラン法 」 とも呼ばれている。 新法の趣旨と狙いは、韓国社会に根強く浸透している腐敗、不正の撲滅であり、その根絶にある。 国民権益委は2008年に腐敗と不正の防止を使命に首相直属機関として発足、2010年に検事が高級車や金品などを受け取る贈収賄事件が相次いだ不祥事を受け、国民権益委が12年に新法を提起、政府が13年8月に法案を国会に提出した。

 国会での審議は当初難航したが、その後も高官や公務員らによる腐敗や不正が後を絶たず、巷間を賑わせていたため、15年3月には国会を通過、同月末には朴大統領が裁可して、今年の9月末から施行された。


 実勢を無視した規制の 「中身」 報道、私学を含め対象は400万人

 新法の概要は、公職者をはじめ報道関係者や私立学校職員らを対象に、理由のいかんにかかわらず、年間に計300万ウォン( 約27万6000円 )、1回に100万ウォン( 約9万2000円 )を超える金品を本人か配偶者が受け取った場合、刑事処罰の対象になり、最大で3年以下の懲役か3000万ウォン( 約276万円 )以下の罰金が科せられる。

 接待の 1回当たりの上限も設定してある。 会食は3万ウォン( 約2760円 )、贈り物は5万ウォン( 約4600円 )、慶弔費は10万ウォン( 約9万200円 )で、違反した場合は罰金を支払った上、所属機関の懲戒処分の対象になる。 韓国経済人連合会系列の韓国経済研究院が今年5月に発表した資料によると、接待に使われる実際の 1人当たり飲食費は韓国料理店で4万3900ウォン( 約4000円 )、日本料理店で6万9000ウォン( 約6300円 )、ゴルフのラウンドに至っては1回当たり30万ウォン( 約2万7600円 )となっている。 実勢の相場はいずれも新法では違法に当たり、新法が定めた上限はいかに実態を無視しているか、つまり禁止的な規制相場であることを示唆している。

 国民権益委が昨年実施した世論調査によると、韓国国民の59.2%が 「 韓国社会は腐敗している 」 と回答。 国民の多くは新法の施行を歓迎しているが、新法の適用を受けることになった対象者をはじめ、接待文化と持ちつ持たれつの表裏一体で成長・発展してきた飲食業などの関係業界では、いきなり想定外の突風に襲われた衝撃を隠し切れず、対応に困惑している。

 特に、新法の趣旨と狙いが腐敗と不正の根絶にあり、そのために違反行為の申告者には多額の報奨金を約束している密告制度を併用している点に戦々恐々である。 接待する側もされる側も、見て見ぬふりや知っていながら知らぬふりを決め込むことが許されず、ましてや韓国メディアが 「 パパラッチ 」 ( 盗撮 )と呼ぶ不特定多数の第三者による監視の目が気がかりで、いわば 「 国民総監視社会 」 の視線に晒されるからである。

 韓国メディアによると、対象者はおよそ400万人で、約5000万人強の総人口に占める割合は約8%程度。 しかし、公職者にとどまらず民間人の報道や私学などの関係者も対象者に含まれたため、その影響は就学児童を抱える一般家庭にも一挙に広がり、波紋が際限なく広がりつつある。

 弁護士会をはじめ、名指しで特定された報道機関や私学などの関係諸団体では、新法が国会を通過するや、直ちに憲法が保障する 「 法の下の平等をはじめ、言論の自由や教育の自由 」 などが侵害されるとして憲法裁判所に提訴したものの、憲法裁では今年7月末に 「 新法は腐敗、不正の防止に必要で、合憲 」 との見解で提訴を却下、施行が確定した経緯もある。


 司法、メディア、教育界も過剰接待、金品授受の伝統

 国会議員らの資料によると、2011年から15年までに過剰な接待や金品の授受などで懲戒処分を受けた検事は46人、判事は10人に及ぶが、彼らは氷山の一角で、運が悪かった事例とのこと。 ごく最近も、最高検察庁の部長検事が担当検事に対し、過剰な接待や金品の授受のあるスポンサーの関連事件をもみ消すよう依頼した事件があり、最高検は9月下旬に部長検事の自宅などを強制捜査したばかりである。

 同月初旬には、仁川地裁の判事が高級車など 1億8000万ウォン( 約1656万円 )の金品を収賄していた容疑で逮捕されるなど、公職者による不祥事の発覚が日常茶飯となっており、後を絶たない。

 8月には、朝鮮日報の主筆がある大企業から豪華なヨット旅行などの接待を受け、大統領府に対し、この大企業の幹部に便宜を図るよう働きかけた疑惑が浮上。 主筆は辞職し、朝鮮日報は同月31日付け朝刊一面で謝罪文を出す騒ぎがあった。

 韓国では、政治家や大企業の幹部が出入りする新聞記者に 「 寸志 」 を包む習慣がいまだに残っているという側面がある。 政府関係者によると、韓国のマスメディア界は零細なメディアが多いため、 「 面倒を見るのは当然 」 で、罪悪感どころか、善行を施している感覚の方が強い。 国民権益委が施行に先駆けて9月に公表した新法の事例集でも、メディア界を対象にした事例が多く、いずれも 「 記者が金品や接待を受ける 」 という設定である。 腐敗や不正を正すべき司法やメディアの世界でさえ、この有様である。

 「 寸志 」 を授受する習慣は、今やメディア界よりも教育界で蔓延している。 国・公・私立や小・中・高の区別なく、熾烈を極める受験競争を背景に、子女の進学に必要な内申書の内容を少しでもよく書き込んでほしいと願う保護者で、指導教師に対して 「 寸志 」 を包まない者はいない、とさえ言われており、過熱化している。

 そんな状況下での新法の施行である。 地元紙によると、対象者をはじめ、関係業界の戸惑いと焦りは想像を絶するという。 中央や地方の官公庁では、新法の施行に伴い、行動指針をはじめ、想定問答集や事例集などを作成、配布して、違反防止へ意識改革を促すなど、接待への自粛ムードを浸透させ、モラルの向上に取り組んでいる。 これまでの韓国社会では、ほとんど考えられなかった、いわば 「 割り勘 」 ルールをこれを機に普及、浸透させてはどうか、との声もある。 なかには接待そのものを禁じ、接待に限らず、ゴルフそのものを全面禁止した役所も出てくるなど、今までにない緊張感が漂っている。


 飲食業界の客離れが深刻化 上限額に合わせた新価格メニューも

 飲食業界でも、自衛策を余儀なくされている。 新法の上限額に併せた金英蘭法メニューを準備、上限額を超えない2万9000ウォンに抑えた新メニューを登場させて、商売をつないではいるものの、ひとたび遠のいた客足は二度と戻ってこないのではないか、との不安に苛まれている店主が多い。

 従来は価格帯の中心が10万ウォンから15万ウォンで、主に招待客で繁盛していた高級飲食店になればなるほど、客離れが深刻化している。 予約済みもキャンセルをはじめ、保留や延期が相次いでおり、施行後の客足はさっぱりで、やむなく2万9500ウォンの新メニューを始めたが、常連客は法規制の許容範囲の接待さえ自粛ムードにあるため、 「 これからは接待客を当てにした飲食業はもはや成り立たず、転廃業も覚悟せざるを得ない 」 などと、先行きを悲観視する経営者も出てきている。

 韓国国税庁によると、韓国企業約60万社が2015年に消費した接待費は、前年比で6.8%増の9兆9685億ウォン( 約9171億円 )、なかでもバーやクラブでの遊興費は 1兆1418億ウォン( 約1050億円 )となっており、国会でも与野党が足並みを揃えて 「 使い過ぎ。 社員へのインセンティブに使うよう、改善すべきである 」 とのお咎めを出した。 そういう国会議員たちは、なぜか新法の施行において蚊帳の外、対象外であるかのような立ち居振る舞いを行ない、国民の不平、不満も強く、 「 画竜点晴を欠いているのではないか 」 ( 在日韓国人の大学教授 )との批判に同調する声も多い。


 破格の褒賞金を支払う密告制度で パパラッチ( 盗撮 )教室が盛況

 新法の施行に伴い、韓国の警察庁では不正請託専門捜査班を開設、違法行為の申告者は日本の 110番のように、電話の 112番で受け付けている。 この密告制度は、新法の対象者にとっては常に第三者の監視の目を意識せざるを得ず、迷惑な仕掛けであるが、国民の間では歓迎されている。

 ソウル新聞によると、新法施行の成果を高めるため、政府が広く国民に対し、密告制度の活性化へ協力を要請、施行前からズバリ 「 不正摘発者養成 」 や 「 公益申告専門要員養成 」 などを名乗る私塾が次々と開講され、盛況で受講者を集めている。 違反行為を申告するには証拠を必要とするため、個人の素行調査を狙いとする証拠写真の撮り方を指導する、通称 「 パパラッチ( 盗撮 )教室 」 も人気を集め、繁盛している。

 受講者の狙いは、もとより報奨金目当てである。 報奨金のスケールがこれまでになく破格なために、国民の関心が高く、なかには 「 これで生計を立てる 」 と意気込んでビジネス感覚で取り組む人まで出てきているという。

 ネット上では、新法に関連する新手のアプリも次々と登場しつつある。 新法に関する法律相談をはじめ、割り勘の支払い分を相手の口座に振り込めるモバイルバンキングサービス、自分の言動が不正請託など新法に抵触するかどうかをチェックする診断サービス、さらには上限の3万ウォン以下で会食できる接待用飲食店を紹介する案内サービスや上限の5万ウォン以下のギフトを紹介する案内サービスなど、日々次々と新顔サービスが登場している。


 経済成長率を押し上げる好循環 新法は消費活動にマイナス要因

 新法の施行が韓国経済に与える影響はどうか。 これには、経済成長率を押し上げるとの見通しと、逆に押し下げるとの見通しの両面がある。 国民権益委が現代経済研究院に依頼して実施した調査によると、韓国の清廉指数がOECD( 経済協力開発機構 )加盟国の平均値に近づけば、GDP( 国内総生産 )の成長率は高まるとしている。国際NGOのトランスペアレンシー・インターナショナル( 本部:ベルリン )が毎年、公開している腐敗認識指数( Corruption Perceptions Index )による研究調査である。

 同指数は、世界各国の専門家に自国の政治家及び公務員が腐敗していると思うかどうかの認識を調査、分析するもの。 「 清廉 」 と思われていればいるほどその国のポイントと順位が上昇し、上位を占めることになる。

 2015年の調査によると、韓国は56ポイントを獲得して、168ヵ国中37位であった。 ちなみに、日本は75ポイントで 18位であった。 同国際NGOによると、70ポイント以上の国々は 「 全般に透明に運営されている 」 、50ポイント以上の国々は 「 絶対的な腐敗、不正から逃れた程度の運営 」 と評価している。

 現代経済研究院では、 「 新法が施行されて以降、韓国の腐敗認識指数がOECD平均値の67.2ポイントまで向上すれば、国民 1人当たりのGDPが138.5ドル増加して、経済成長率は0.65%向上する 」 と分析している。 新法の施行が韓国社会の清廉度を上向かせ、韓国経済の成長率をも押し上げて、好循環へ回り出す契機となるとの見方である。

 一方、経済成長率を押し下げる見通しについてはどうか。 接待文化を厳しく規制されては、消費活動が縮小して、韓国経済に悪影響を及ぼすとの主張である。 韓国の経済政策を担う企画財政部( 省 )は、 「 新法の影響は消費を押し下げ、経済成長の制約要因になる 」 と公言。 韓国銀行も 「 新法は民間の消費活動にマイナス要因となる 」 との見方を示唆、今年の経済成長率を下方修正した。

 韓国経済研究院は、 「 新法の施行により、飲食業をはじめ、ギフト流通業やゴルフ業などは大打撃を受け、年間で 11兆6000億ウォン( 約 1兆300億円 )の損失を被る 」 と試算している。 農林畜産食品部( 省 )では、農畜産物のギフトセットや高級焼き肉店などの売り上げが落ち込むため、年間で6兆5000億ウォン( 約5980億円 )の損失となると見ている。


 なぜ接待文化はかくも浸透したか? 韓国人に根付く 「3つの価値観」

 しかし、新法の施行が抜本的に功を奏するには、韓国社会の接待文化を良くも悪くも根源的に特徴づけて、韓国民の国民性として骨肉化させてきた3つの価値観の弊害を、韓国民が自らの自助努力で、どこまで変革していくことができるか、にかかっている。 その進捗度が成否の鍵を握っているといっても過言ではない。 朴大統領と黄首相が国民に対し、口を揃えて訴え、理解と協力を求めている意識改革とは、まさにこの点である。

 3つの価値観の弊害とは、事大主義、 「 恨の文化 」、過剰な競争社会の弊害である。 事大主義とは、 「 小が大につかえる 」 という意味である。 弱小の勢力は強大な勢力に寄り添い、倣い、随って、つかえるという行動規範で、語源は 『 孟子 』 の 「 以小事大 」 である。 転じて 「 自らの主義、定見がなく、自主性を欠き、より強大な勢力に寄り添うことで、自分の存立を維持する術 」 を指す。 朝鮮半島の伝統的な外交政策は、 「 半島国家の宿命的な世界観で、中国につかえる朝貢関係を維持、存続 」 ( 宮家邦彦・外交政策研究所代表 )させてきた事大主義の典型例である。

 韓国の 「 恨の文化 」 とは、西欧の 「 罪の文化 」 や日本の 「 恥の文化 」 と同様、韓国社会で歴史的に培われてきた精神風土であり、思考方式を象徴する概念である。 古くは 「 支配や抑圧の歴史の中で内に秘めてきた苦難や絶望、憤怒や悲哀、嫉妬や羨望などが入り混じった複雑な感情、感覚とものの見方・考え方 」 とされ、最近は 「 厳しい上下社会からの解放願望や上位への憧れ、さらには恨を晴らす 」 など、より積極的な概念へと広がってきている。

 そして過剰な競争社会については、韓国の場合、小・中・高・大から就活に至るまで、いわば一流の名門コースに乗れるかどうかで人生の明暗が分かれ、生涯賃金の落差を広げ、貧富の格差も決定付けることになる。 このため、韓国人は幼少から受験戦争の戦線に立ち、進学の都度、熾烈な競争に晒される。 それは、ひとえに就活に勝ち残り、 10大財閥へ就職を決定づけるためである。

 韓国経済の 10大財閥への依存度は異常な高さで、 10大財閥の売上額はGDP( 国内総生産 )の75%を占め、若者たちは 10大財閥を目指して殺到する。 首尾よく就職できれば、生涯を安泰に暮らせる幸福へのパスポートを手にすることになるからである。 韓国経済はすでに先進国の仲間入りをしたとはいえ、多くの国民の暮らしぶりは貧しく、50%以上の家計は借金暮らしである実態を、統計が示唆している。


 事大主義払拭を願った父の遺志を朴大統領は貫徹できるのか?

 さて、こうした3つの価値観の弊害は、お上がいかに声高に意識変革を呼びかけようとも一朝一夕で改善し、変革していくとは思えない。 とりわけ、事大主義と 「 恨の文化 」 は韓国民が代々、その時々の時代背景から良かれと信じて培い、継承してきた 「 民族の遺産 」 である。 朴大統領の実父である朴正熙元大統領は生前、民族の悪い遺産の筆頭に事大主義を挙げて、その改革を真剣に模索していたが、あれからすでに37年が経つ。 韓国の事大主義が改善し、変革したとは聞いていない。 朴現大統領の不退転の決意にエールを送りたい。