国民情緒法こくみんじょうちょほうとは、国民世論次第で判決が決まるなど罪刑法定主義が崩れがちな韓国の社会風潮をマスメディアなどが皮肉った言葉である。 国民情緒に合うという条件さえ満たせば、行政・立法・司法は実定法に拘束されない判断・判決を出せるという意味である。
 ( 韓国 『中央日報』 の2002年2月2日付社説に 「憲法の上に国民情緒法がある」 との記述がある )

 皮肉を込めて 「 … 法」 という名が付くが、韓国における法律の類ではなく、不文律であり、法律や条例、条約、大韓民国憲法さえも超越する法の軽視の風潮を揶揄した言葉である。 一部の市民団体( 圧力団体 )や学者の私見によって具体化され、大衆世論によって成否が判断され、これを韓国メディアが後押しすることで、国民情緒法は( 比喩的に言って ) 「制定」 される。

 法の支配や時効や法の不遡及といった近代法の原則すら時に無視され、国民情緒という揺らぎやすい世論に迎合して、いかなる裁定をも下すことができるとされる。 この風潮の最たる例が 「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」 で、この法律は 「日本統治時代の朝鮮で財産を得た当時は合法だったとしても、親日行為を通じて得た財産を子孫からでも没収できる」 という法律であり、この時には 「法令の効力は過去の行為に遡及して適用されない」 という、法の一般原則をも否定した

 国民情緒への偏重は下級の地方法院、高等法院の判決で多く見られ、大法院( 最高裁 )ではこれらの判決が覆ることもあった。 中央日報によると 「数十年前の偽装転入、半世紀を超えた父親の親日などの問題で、国民情緒に背いた( ある )公職者は現職から退く 『恥辱刑』 を受けた」。 被告は 「通貨危機の直後、国民の憂憤に押されて 『政策も司法的審査の対象』 と」 されたが結局は 「最高裁で無罪が宣告された」 と言う。 この間、6年間を要しており、当事者は長く不当な苦難を甘受しなければならなかった。

 罪刑専断主義との違いは、権力者の恣意性が必ずしも働かないという所で、逆に言えばポピュリズムに支配され、国家の法的安定性やコントロールができなくなる恐れがある点である。
 ( 罪刑法定主義とは反対に、何を犯罪としていかに処罰するかを予め明確にせず、罪刑を法執行者の専断にゆだねるという考え方。絶対王政下の法など近代以前の法理で、現代では忌避される。 )

 具体的には、2005年に当時の盧武鉉大統領が、日韓基本条約の日韓請求権協定に( 慰安婦・被爆者・サハリン残留韓国人は含まれないが )徴用工は含まれるとの見解を示したにもかかわらず、8年後の2013年に戦時朝鮮人徴用工への賠償再燃問題でソウル高裁が徴用工は請求権協定の範囲に含まれていないという逆の判断をして新日鐵住金に賠償を命じた件がその代表例である。 そもそもその前提になる朴正煕大統領の( 1965年の )政治判断を、憲法裁判所は2011年8月に覆しており、国民情緒を慮って、韓国政府が慰安婦の賠償請求権に関して解決に向けて努力しないのは違憲だと判断していた。( 韓国憲法裁判所判決 )

 日本経済新聞は東北アジア歴史財団の都時煥研究員のコメントを掲載し、韓国の行政・司法は世論の動きに流されやすく 「憲法の上に 『国民情緒法』 がある」 と指摘し、 「一連の判決は、国家優先から人権重視へ移行する国際社会の潮流を、韓国の裁判員が感じ取った結果」 であると分析した。

 他の例では、靖国神社の門に放火した中国籍の男が政治犯に認定されて日本側への身柄引き渡しを拒否する判決がでた件( 靖国神社・日本大使館放火事件 )、対馬の観音寺から盗まれ、韓国で発見された仏像について、忠清南道の浮石寺が日本に返還しないよう求めた問題( 対馬仏像盗難事件 )でも、盗品の返還を拒む司法判断をした件、ソウル特別市の在大韓民国日本国大使館前に、韓国挺身隊問題対策協議会が建てた 「慰安婦像」 が放置されているのも、韓国国内法の違法状態で外交関係に関するウィーン条約にも抵触するものであり、国民情緒を法律の厳格な施行よりも優先したものであるという。

 また反日とは関係の無い問題でも、国民情緒が司法に影響する場合がある。 セウォル号沈没事故の裁判で、韓国の現役判事が業務上過失致死傷が妥当というところをセウォル号元船長以下4名が異例の殺人罪で起訴された件は、検察が判例よりも本件で激怒したとされる朴槿恵大統領の意向と死刑を求める世論に動かされ、国民情緒に寄り添った結果であるとされる。
 ( 2014年、光州地裁は結局、判決で船長以下3名の殺人罪を認めず、遺棄致死罪などで有罪とした。 殺人罪が適用されたのは負傷した調理師を見殺しにした機関長のみだった。 ところが翌年、光州高裁は一審を覆し、国民情緒に従って船長に殺人罪を適用し、機関長への殺人罪の適用を取り消し、船長を除く乗員の刑期を大幅に減刑した。 )
 ナッツ・リターン事件で大衆の不興を買った財閥令嬢の趙顕娥副社長に対する量刑でも、国民情緒が影響したとされる。