未婚女性や極貧者が出産した赤ん坊が、産婦人科や助産婦、両親などを通してガム売りなどの 「同情請い」 組織に売られている 東亜日報( 3月27日付 )によれば、 「同情請い」 の組織員らは、買ってきた幼児を彼らの戸籍に実子のように載せたあと、成長してこれ以上は 「同情請い」 ができなくなるまで働きに出させる。 金で買った赤ん坊を 「同情請い」 に育てて、物請いを強要する事例は次のとおりだ。
極貧者の夫婦から300万ウォンで買った生後1年10ヶ月の幼児を 「同情請い」 に出す( 地下鉄の乗客の同情心を引くために、6歳の子どもに誕生をすぎたばかりの幼児を背負わせてガムを売らせる。 どちらも買ってきた子ども )。
地下鉄終電の午前零時までガムを売らせ、全部売るまで寝させない。 地下鉄の連絡通路には、子どもの脱走を監視する屈強な男を配置する。 子どもが登校するときにも、逃げ出さないように学校まで組織員がついてきて監視する。 脱走して捕まると気絶するまで殴られる。
ソウルのN産婦人科は、未婚女性が生んだ赤ん坊を一人当たり100万~300万ウォンで 「同情請い」 組織に売った。 妊娠8、9ヶ月になる未婚女性が中絶手術にくると、赤ん坊を産ませた後に保育器で1ヶ月ほど育て、( 「同情請い」 組織などの )赤ん坊をほしがる人に売る。
「同情請い」 組織員らは、病院などで買った赤ん坊を同じ組織員らに一日3万~5万ウォンで貸し出す。
数億の豪邸を持っている 「同情請い」 組織員らが、ガム売り児童の一人一人から一日の売り上げの50万ウォンを奪い取る。
 このような実態を政府は知らなかったのか。 歴代大統領はだれもが 「社会正義」 を守ると主張してきた。 しかし 歴代政権が行ってきたのは、 「海外養子縁組」 という名の 組織的な幼児輸出を放置 してきた ことだ。 文民大統領を自認した金泳三氏も、就任辞で 「正義が大河のように流れる社会をつくる」 と語ったが、やはり放置してきたのだ。 この結果、金泳三政権が世界一流国家への仲間入りだと大騒ぎして加盟した 経済協力開発機構( OECD )の国のなかで、わが国は 「世界第一位の幼児輸出国」 として、児童人権侵害国家のらく印を押されている

 ひと言で言って末世だ! どうして儒教の国の韓国がこんな状況になってしまったのか。 ソウルの都心で、堂々と幼児を売り買いする 「人間市場」 が開かれるほどに堕落したのか。 金のためならば何をしても良いという、拝金主義がのさばる社会に未来があるのか。 人間生命の番人である病院が、幼い生命を売り買いする 「奴隷商人」 に化ける背理。 自分の子どものような幼児をガム売りに育てた後に、成長すれば廃棄処分する背理が日常化する社会は終末を早めるだけだ。

 キーセン観光を助長してでも外貨を稼がなければならないと騒いだ朴正煕ファッショ政権以後、価値観の転倒現象が甚だしくなった。 政治指導者が国家権力を利用し、女性を外国の観光客に売り渡しても 「キーセン観光が愛国行為」 だと言い放った社会雰囲気のもとで、人身売買―幼児売買の芽が育ったのだ。

 そして全斗煥自身が民衆虐殺の国事犯であるにもかかわらず、社会を浄化させると言いながら 「三清教育隊」 を作り、何のかかわりもない前科者だけをいじめることによって、 「犯罪に対する不感症」 が増幅された。 「政治やくざ」 の全斗煥が路地裏のやくざをムチ打つ有様になっては、道徳不感症が深まらざるをえなかった。 キーセンを横に抱いて酒宴をしていた朴正煕が腹心の銃で殺され、全斗煥・盧泰愚が巨額の秘密資金を作った罪で投獄された状況で、国民の価値観がしっかりと確立されるはずがない。 「12・12クーデター」 の主犯の盧泰愚は 「犯罪との戦争」 を繰り広げると言いながら、実際には公安政局を作って在野人士を弾圧した。

 このように指導層が進んで法を破り、金で権力を買う( 不正選挙 )風土のなかで、 「未婚女性の幼児売買・搾取」 という非人間的な犯罪が生まれたのだ。 指導層が金力と権力を動員して政治的犯罪を起こしても許されるために、社会的な犯罪に対する道徳的審判の正当性が消えていく。 国会議員が議事堂の中で博打( ばくち )をやっているために、博打犯罪がなくならない。 このような意味で、 「未婚女性の幼児」 犯罪の間接的な責任は、政治家にもあるということができる。

 道徳政治を打ち出した新政権にとって、政治改革に劣らず重要なことは社会改革である。 未婚女性が捨てた赤ん坊を売り買いし、虐待する犯罪の温床地帯をなくす運動が、必ず必要である。 世紀末的な人身売買、中世紀のような児童搾取を放置して、二十一世紀を迎えることはできない。