世界一の自惚れ民族


 自分達が中心に世界が回る中国の中華思想を凌ぐ凄すぎる韓国思想の実態勝手にそう思うのは自由です。
 問題はそれを押し付けてくる事なのです。


朝鮮人は、自己の知的水準を引き上げ、精神世界を拡大しようとする努力があわれにもないのに、社会的地位を高めようとする激しい欲望だけはある。
ホーマー・ハルバート 「朝鮮亡滅」



我が民族の9000年歴史と思想
( 中国の属国だった朝鮮が当時の宗主国中国より歴史が古くなる矛盾!)
( 2006.01.17 中央日報 )
駐韓米大使 「韓国人は北朝鮮政権を憂慮すべき」

 「北朝鮮は犯罪政権」 発言で物議をかもしたバーシュボウ駐韓米大使が16日、今度は 「韓国人は北朝鮮政権を憂慮すべき」 と強調した。 米大使館が開設したインターネットカフェ 「カフェUSA」 のネチズンに対する返答でだ。

 「unit cut」 という名前のネチズンはこの日、カフェUSAで、 「犯罪政権」 発言を取り上げながら 9000年の歴史を持つ韓民族 に対し、あたかもアフガニスタンやイラクなどアラブ人への対応と同じように行動している」 とバーシュボウ大使を批判した。

 これに対しバーシュボウ大使は 「私は、大韓民国にいるすべての韓国人が、住民をむやみに扱い、不足した資源を核兵器開発で浪費するのはもちろん、生き残るために貨幣偽造や麻薬取引、マネーロンダリング、危険な軍事技術の流出に関与する政権を憂慮しなければならないと考える」 と明らかにした。

 また 「北朝鮮政権の政策による結果として100万人にのぼる餓死者が発生し、慢性的栄養失調、沈滞した経済、自由抑圧などで住民は苦痛を受けている」 とし、 「これを看過すれば韓国の統一を早めることはできないだろう」 と強調した。

バーシュボウ大使は 「私や米国の他の指導者らが北朝鮮政権の政策を批判するのは、こうした政策が2,300万人の北朝鮮住民に与えてきた苦痛のため」 と説明した。

最近、韓国の歴史は5000年から9200年に変わりました。
これにより全世界言語の起源、イギリス人の起源、黄河文明の起源が韓国であることが証明されます。

BC7000年頃パミール高原( 現在のタジキスタン )で世界最古の文明である朝鮮文明誕生。 9000年歴史が始まる。
BC4000年頃一部の朝鮮民族が世界各地に移住を始める。
BC3500年頃朝鮮文明がパミール高原から西へ伝わりメソポタミア文明が誕生。
BC3000年頃メソポタミア文明の影響でエジプト文明が誕生。
同時に朝鮮民族の大部分がパミール高原から東方へ移動を始める。
5000年の歴史はここから始まるが実際には9000年とするべきである。
BC2500年頃パミール高原から朝鮮文明が南下してインダス文明が誕生。
BC1700年頃朝鮮民族の一部が黄河流域に住み着き黄河文明が生まれる。
こうして全ての文明は朝鮮民族によって作られた。
BC1500年頃中国に殷王朝成立。 もちろん朝鮮民族の王朝である。
BC1000年頃中国に周王朝成立。 殷王朝の一部の朝鮮民族が満州に移住して古朝鮮を成立する。
BC 500年頃朝鮮民族は古朝鮮に集結し、世界の中心として繁栄する。

  … コイツ等 本気なの!?

トンデモ史観

 日本人があっと驚くようなトンデモ史観が韓国には多い。 そしてそれは多分に日本にも関わったものだ。 韓国の大手・東亜出版社は94年に「大朝鮮帝国史」という本を出版した。同様の内容が、韓国陸軍の「民族史教育」で教えられており、もちろん正規の歴史学者からは「考古学的な裏付けがない仮説を全軍に事実かのように教育するのは性急なこと」 と批判されている。


第1巻
我が民族が住む全世界を朝鮮( チュシン )という。
我が民族はパミール高原に源を発して、バイカル湖を経て不咸山に移動、定着した。
不咸山に到着した我々の先祖はそこを中心に集団定着、文化を発達させ、紀元前6000年頃には紅山文明を、続いて黄河文明を起こした。
我々の先祖は既に紀元前3898年に倍達国を建て、農耕民族である中華族を制圧し、大帝国を建設していた。
倍達国は18代1565年で終わり、その後に続いて檀君朝鮮が建てられた。
檀君朝鮮は阿斯達( アサダル )を都邑として帝国を形成、辰朝鮮を中心に馬朝鮮と卞朝鮮の三檀君が広大な地域を分割して治めていた。
箕子朝鮮や衛満朝鮮は朝鮮帝国の地方諸侯国だった。 したがって、漢武帝の衛満朝鮮征伐は中華族と地方政権との闘争であり、中国の史書が固執しているいわゆる漢四郡は、漢武帝退治に功労が大きかった将軍たちに分封した領地だった。
檀君朝鮮が脆弱になると、解慕漱の扶餘と東明王の高句麗を共に継承した高豆莫が諸国を合わせて卒本扶餘を起こした。
扶餘が起こるとともに帝国の権威は落ち、地方勢力が成長した。 紀元前3世紀頃には黄河上流に暮らしていた東胡族の一分岐が匈奴に押されて南下、紀元前57年にソウルに定着して国を建てたのだが、これが新羅である。 新羅は以後、馬韓,百済との闘争過程で小白山脈を越えて徐羅伐に移る。
紀元前37年には卒本扶餘で育った高朱蒙が扶餘を脱出、卒本地方に至って高句麗を建て、続いて北満州一帯を統一した。 この時、高句麗建国の功臣 陜父が日本地域に逃げ、最初の国、多婆羅国を日本地域に建てた。
百済は高句麗の建国過程で背信感を感じていた皇妃 召西奴とその息子 沸流,温祚が高句麗を脱出、沸流湖地域で独立した国だ。 以後、百済は遼西地域に移ったあと(外百済)、再び忠清南道の牙山地域( 目支国 )に移った。 この時期に温祚が独立、十済( 漢城百済 )を建てたのだが、百済の弟国である。
牙山に定着した沸流百済は、遼西,山東,日本地域を含んだ広大な海上帝国を建て、各地に担魯 ( 訳注:植民地 ) を置いて治めた。
高句麗の帝国統一によって中央政権から追い出された昔の朝鮮の重臣たちは、新しい根拠地を探して韓半島南部へ押し寄せたのだが、彼らによって6伽耶連盟が成立した。

第2巻
伽耶が新領地を開拓する過程で日本進出の足場として設置したのがいわゆる任那だ。 任那は韓国語では我慢して耐えるという意味で、日本の立場で解釈すれば、主君がいる国という意味だ。
伽耶の日本進出以後、倭列島に対する関心が高まるにつれて、百済,高句麗,新羅が争ってその地域に進出したのだが、伽耶系統であるカラ,アラ、新羅系統であるムラ,百済系統であるコム( 熊 ),タムロ( 担魯 )などに関連がある地名は、皆この時期に開拓された所だ。
沸流百済の日本地域の統治過程で、百済皇統の継承のために全ての担魯を制圧して建てたのが、まさに天皇国家の始まりである。 この時の討伐将軍であるキョン・ジンジュは百済の大将軍であったし、天皇ソン・ソンジョも百済から派遣された百済皇族だった。
神武天皇は、現地妻を取っていたソン・ソンジョ皇子の代わりに百済から送られた新しい天皇で、倭列島の東部征伐の任務を忠実に遂行した。
新羅王子 天日槍の倭列島攻略以後、本州地方をめぐる百済,新羅の間の争いが激化したのだが、高句麗もコンボルを根拠地に勢力争いに飛び込み、倭列島は戦火に包まれ、これを解決するために百済は景行王を派遣した。
三国遺事の延烏郎・細烏女の説話は、新羅に滅ぼされた馬韓遺民の倭列島移住を示し、この細烏女がまさに卑弥呼であり、その娘が神功皇后である。
海上帝国を成していた沸流百済は、高句麗の広開土大王の侵攻によって本国の熊津( コムナル )を奪われて日本地域へ避難したのだが、この人が応神天皇である。 応神は奈良百済を建て、そこを中心に本国の古莫那羅( コムナル )百済を支配した。

第3巻
古莫那羅百済の混乱に乗じて、新羅は倭列島における勢力挽回を試みた。
この時、新羅の主導でなされた日本の改革がいわゆる大化の改新である。
扶餘の遷都後、内政を整備した百済が新羅を圧迫すると、新羅は高句麗の中原統一のための全民族的協力の提議を退け、唐と共謀して百済を滅亡させた。
本国百済の滅亡を見た奈良百済は、全国力を動員して本国の復興を試みたが、派遣軍と本国の紅旗軍との不和で失敗した。
百済滅亡後、唐は中国人の宿願である高句麗征伐のために数度にわたって高句麗へ侵入したが、事あるごとに高句麗の強力な力に阻まれ、凄絶な失敗を味わった。
高句麗は淵蓋蘇文の死亡後、その息子たちの間で権力争いが起き、権力の座から追い出された男生が唐の軍隊を呼び入れることで、あっけなく自滅してしまった。
朝鮮( チュシン )の伝統を継承していた高句麗は、この時に我が民族関連の記録を民族保護次元で全て焼却したのだが、このためにその後の国史が歪曲された。
高句麗の自滅後、その遺将である大祚栄,李尽忠などが協力、唐に対抗しながら民族復興を掲げて、勃海を建国した。 勃海はその領土と建国の精神において、高句麗継承の精神を明確にしていた。

第4巻 北方帝国の興亡盛衰
大氏高句麗の立国
西暦699年、大仲象皇帝に続いて皇位に昇った大祚栄は、この年に改元して天統とし、国号を大震国とした。
昔の高句麗を導いていた高氏たちが積極的に新政府に参加することで、大氏高句麗はすぐに安定を取り戻すようになったが、北国の強力な黒水部との交渉は結局失敗に帰してしまった。 千年にわたる扶餘族( 高氏高句麗 )に対する恨みが、黒水部が新政府に参加することを拒否した理由だった。
大祚栄は組閣を断行し、太子 大武芸を送って唐と相互承認協定を結んだ後、皇帝の母方のおじである大武芸を駐唐初代大使として派遣した。
西暦719年、祚栄の後を継いで大武芸が帝位に昇った。 皆が新皇帝の即位を祝賀したが、帝位を狙っていた大門芸は逆謀を試み、これに失敗すると唐へ逃げた。 この渦中で逆謀に関わっていた黒水部の可汗イェソクリギが処刑され、これで困難にも民族統一は達成できた。
大唐懲罰戦争
唐懲罰戦を繰り広げるのに先立って、大武芸は唐の同盟国 新羅を牽制するためにコ・イニなどを日本に派遣、同盟を結び、張文休を連合軍総司令官に任命して唐朝の首を締めに行っていた中で、新羅の利敵行為によって涙を飲んで軍を撤退せざるを得なかった。 しかしこの時、張文休は山東地区の高句麗遺民たちで登州軍を組織し、山東を中心にした占領地区を守らせた。 利敵行為を起こした新羅軍は無惨に殲滅された。
世宗広城 文皇帝
西暦737年、大欽茂が第4代の帝位に登極した。 大欽茂は文治に尽力し、文化的に大きな発展を成した。 一方では、契丹人 安禄山をけしかけて大唐粉砕戦を試みたが、繰り返される大燕国( 西暦756年に安禄山は洛陽を占領して大燕国を建てた後、自ら王位に昇った )の内紛で、結局作戦は失敗に帰してしまった。
東夷の故地 山東半島
山東半島は東夷族と華山族の譲歩できない戦略的要衝地であった。 大欽茂は李正己を遼陽皇に任じて、登州に大高句麗の代表部を設置した。 李正己は山東半島を完全に統一して、唐の対東方貿易を独占した。 大高句麗との交易が増えて両国の発展に大きく貢献したが、一方、唐は李正己の慈悲心に依存しなければならない悲惨な状態に置かれることになった。 ( この時期、大高句麗と日本との貿易も非常に活発だった。 日本の急激な文化発展はまさにこの時になされた )
斉国( 李正己の息子 李納が王位に昇ると同時に斉国に改名した )の第4代 李師道は、全国総動員令を下し、唐の東道攻略に乗り出した。 しかし、これも新羅の利敵行為と李師道が殺されることで失敗に終わり、斉国は結局滅びてしまった。 せっかく取り戻した卞朝鮮の青丘の地( 山東地区 )は、再び華山族に渡ってしまった。
東京遷都と大元義の乱
それでは自国の滅亡を見守っていなければならなかった大高句麗の内部事情はどんなだっただろうか? 既に老齢に入った大欽茂皇帝は、唐の討滅に最も大きな障害物である新羅を除去するために、南の国境の東京城に遷都し、南征軍を組織して大元義を司令官に任命した。 しかし、大欽茂皇帝が倒れると、大元義と皇子たちの間で再び皇位争奪戦が起こって、自国に気を使う暇がなかった。 結局、皇権は末子の皇子である大嵩?に戻った。
卞朝鮮の後裔たち
西暦872年、扶餘族で構成されていた契丹 迭刺部で、契丹の大英雄 耶律阿保機が生まれた。 西暦901年、夷離菫( 軍司令官 )に昇った耶律阿保機は、西暦906年ついに待望の可汗に選出され、国民は彼を国父すなわち韓国語で父を意味するアボジ( 中国の発音で阿保機はアボジ )と呼んだ。 契丹伝統の3年交代制を解除し、契丹の諸部を完全に統一したアボジは、ついに西暦916年、皇帝位に昇り、大高句麗征伐に尽力した。 その一環として皇叔ハルチョと彼の二人の息子が大高句麗に偽りの亡命をし、皇位を狙う大高句麗の情報部長 大素賢と密約を結んだあと帰ってきた。
大氏高句麗帝国の最後
西暦925年12月アボジ皇帝は全国総動員令を下し、大高句麗遠征の道に上がった。 契丹軍は大素賢の案内で高句麗の要塞を巧妙に迂回して、電光石火のごとく大高句麗の都城である忽汗城を攻略、大高句麗を滅ぼして東丹国を建てた。 しかし、大高句麗の各地方軍たちが起兵し始めたから、本格的な戦争はこれから始まるわけだった。
激務に苦しめられたアボジ皇帝が死ぬと、太子であり東丹国の王である人皇王と契丹の軍指揮権を握っていた第二皇子 堯骨との間で熾烈な皇位争奪戦が起こった。 この時、人皇王は大高句麗復活軍の攻撃目標が忽汗城であることに気づき、遼陽に遷都するとともに忽汗城の全てのものを燃やしてしまった。
王氏高句麗の天下統一
西暦918年、弓裔を追い出して王位に昇った王健は、豪族たちとの政略的結婚政策を通じて国力を一つに統合して行き、また大高句麗が亡びるとともに亡命してきた遺民を適材適所に配置、国力を押し固めていった。 この時、天下統一を目前に控えていた後百済の甄萱は王子 神剣などに幽閉にされていたが脱出、王健に投降したし、新羅王 金傅 ( 訳注:敬順王 ) は千年の社稷( くに )を王健に託した。 王健は残りの神剣軍を殲滅し、963年ついに天下統一の偉業を果たした。
大金帝国
始祖キム・ハンボ ( 訳注:韓国のトンデモサイトによると、完顔阿骨打の先祖で高句麗人らしい ) から始まった金国は、王氏高句麗および大遼帝国( 契丹 )と対立しながら成長した。
西暦1115年の正月、金阿骨打( キム・アグタ )は皇位に昇り、国名を大金帝国とした。 大金帝国が大遼帝国との最後の勝負を競って勝利することで、天下の主人の座は卞朝鮮系から再び辰朝鮮系へ移ることになった。

第5巻
朝鮮海軍と大提督 李舜臣
強力だった東夷の帝国、金国は1234年モンゴル( 元 )の太宗に膝を屈してしまった。 高麗はモンゴルの侵入に対抗し、江華島に遷都して長期戦に突入したが、武臣政権が崩れて脆弱な世襲王の親政体制に突入することで、結局、出陸還都 ( 訳注:江華島を出て開京に都を戻すこと ) することになった。  この時、三別抄を率いていた裴仲孫は出陸還都に反対し、王族 承化侯温を新王として擁立、反蒙政権を樹立したりした。
麗蒙連合軍の日本遠征
麗蒙連合軍は1274年と1281年、2度にわたって日本遠征を断行した。 モンゴルの要請に高麗は喜んで応じた。 高麗としては当時高麗海岸をひどく荒していた対馬島および壱岐島などの倭寇討伐という当面の課題があったからだ。 2度にわたる蒙古の日本遠征は、日本一帯に吹き荒れた台風によって、共に失敗に帰した。 しかし、高麗は当初の倭寇討伐という所期の目的を達成して改善できた。
崔茂宣
2度にわたる海賊掃討戦で一時停滞していた倭寇たちが再び高麗海岸に群がり集まり始めた。
1334年、鎌倉幕府が滅びて日本皇室が南北に分かれて内戦に突入することで民は極度に疲弊し、よって彼らが再び盗賊の群れになったのである。
崔茂宣は倭寇を海で源泉封鎖するのが最善だと考え、火薬と火砲の発明に尽力して、倭寇討伐に輝かしい貢献を立てた。 1389年、朴威は戦船百余隻を率い、倭寇の巣窟 対馬島を討伐した。 この作戦は高麗の最後の海軍作戦だった。 高麗は3年後にあった李成桂の易姓革命で滅びてしまった。
易姓革命
モンゴルの支配下にあった漢族たちが蒙古を追い出して明を建国した後、続いて西方に勢力を拡張してきた。 これは失地回復という高麗の政策と正面から衝突することになったし、あげくの果てに高麗は1388年、遼東征伐を断行することになった。 4大不可論 ( 訳注:明と戦うべきではない4つの理由 ) を掲げて最後まで遼東征伐の撤回を主張していた中で、やむなく出征した李成桂は結局、威化島に至って軍の撤退を断行してしまった。
武力で政権を奪取した李成桂は文臣を優待し、その結果、朝鮮の軍事力は次第に無力化していった。 こうした状況でも崔茂宣の息子 崔海山は、父の火薬製造法をもっと改良・発展させ、後日李舜臣艦隊を通じてその威力を証明することになる。
大提督 李舜臣
李氏朝鮮はしばらく天下太平を迎え、党派の争いばかりにふけっていた。 一方、日本は1460年、領主間の血戦が始まり、以後約120年間、弱肉強食の戦国時代が続いた。
1536年、貧しい農民の息子として生まれた豊臣秀吉は、当時最強者だった織田信長の下で成長し、ついに全国を統一して目を外に向けた。
朝鮮通信使として日本に行ってきた正使 黄允吉( 西人 )と副使 金誠一( 東人 )の陳述が行き違って言い争いをしている中で、朝鮮は結局1592年、壬辰倭乱( 文祿の役 )を迎えることになった。
日本陸軍が連戦連勝して北進を続けている時、李舜臣将軍と李億祺将軍が協力して日本海軍を殲滅、補給路を遮断することで外敵撃退に決定的役割を担った。 しかし、元均の謀略で獄につながれたあと白衣従軍 ( 訳注:一兵卒として従軍すること ) 、1597年、三道水軍統制使になり、鳴梁大捷の勝利をもたらした。


( 2011.09.12 )

 


 韓国ドラマのなかに中国をバカにするセリフが含まれていたことが話題になっている。 2011年9月11日、捜狐ブログのエントリー 「中国のお茶葉は全部ニセモノと韓国ドラマ = これは故意なのか無意識なのか」 もこの問題を取り上げた。

 先日、韓国ドラマ 「神様、お願い」 ( 中国語タイトルは 「愛在何方」 「天賜我愛」 )のセリフ 「中国のお茶葉って全部ニセモノって聞いたよ」 が、中国をバカにしているのではと話題になった。 同作には 「韓国料理はバラエティに富んでいるけど、中国料理って種類はあっても炒め物か揚げ物ばっかりだよね」 というセリフもあり、以前にも炎上していた。

 韓流ドラマにはたびたび韓国文化を自慢するシーンが盛り込まれている。 それはよく知られていることだが、もし他国の文化をけなすようであれば、その国の視聴者にとっても許せることではない。

 ある専門家は韓流ドラマの奥底には肥大化した自意識があると指摘している。 自国の文化に強いプライドを持つのは決して悪いことではなく、中国人もまた民族の伝統文化保護に努力するべきだ、と。

 なるほどそうかもしれないが、他国を、しかも国際的に認められた美食である中華料理をバカにするとあっては話は別だ。 あるネットユーザーは、中国人はあまりある中華料理の美点を例に出して反論できるが、韓国人にはキムチしかないではないかと書き込んでいる。

 そう言えば昔、韓国駐在員の奥様が韓国で 「チャングム」 の放送を観て、すごく怒っていた。
 チャングムが宮中を抜け出して食材を探すシーンで小さな漁村に着くと、汚くてボロボロの薄茶色のふんどし姿の男が魚を買ってくれと懇願している。
 まぶしい位に真っ白な韓服を着た村人達が、怪訝そうに乞食のように汚い男を取り囲み 「ま~た、倭人が魚を売りにきたよ …」 と、嫌な顔をしていたシーンが有ったり悪者がチャングムを暗殺する為に日本人の浪人を雇い 「あいつらは金さえ出せば、何でもやるさ」 というようなセリフが有ったそうで ……
 彼女は、もの凄く怒っていた。
 NHKで放送された 「チャングム」 は観ていないのだけれどそのシーンは、そのまま放送したのだろうか?





( 2011.09.16 )

 
 
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2011/09/16/2011091600868.html?news_Head2


 台湾の最高行政責任者が韓国ドラマが氾濫する台湾TVに対して激しい表現を使って指摘していた。

 15日中国の新華社通信などによると、呉敦義台湾行政院長( 総理格 )は 「台湾のテレビ番組は陳腐で、毎日韓国ドラマが流れ、二番煎じ、三番煎じの内容に反吐が出る」 と話した。

 呉院長は引き続き韓国の 『韓』 と、寒いという意を持った 『寒』 の中国語発音が同じ点を利用して 「韓国ドラマは見れば見るほど背筋が寒くなる」 と話した。 彼はまた、 「台湾は高画質のテレビ番組製作を支援する。 来年には高画質デジタルTVの時代が開かれるだろう」 と付け加えた。

 彼は台湾テレビ番組が陳腐だという点に対し、代表的な例で韓国ドラマの氾濫を指摘した。 これに伴い、最近日本でおきている嫌韓旋風が台湾でも起こることでないかと憂慮する声も出てきている。

 台湾では昨年広州アジア競技大会で女テコンドー有力金メダリスト候補であった楊淑君が1回戦で失格になった後、 「韓国の審判が不当な判定を下した」 と声を上げ韓国商品不買運動と韓国ドラマ視聴拒否運動が広がった。

 そりゃ~~ねぇ、こんな事ばかりやられたら、誰しも反吐が出ますわよ。
 呉敦義台湾行政院長、GJです!
 なるほど、台湾の最高行政責任者は韓国人から違法献金を受け取っていないのか …… 羨ましい。
 台湾には、表現の自由があるねぇ!



 韓国人は自らを “世界一賢い民族” と言ってばかりいますが、
 本当に賢い民族なのか?

 


( 3014.02.01 )


 1970年に 「ハングル専用政策」 が始まってから44年。 今や、小学校で漢字を学んでいない最初の世代は50代に差し掛かった。 20~30代はもちろん、40代すらも漢字になじみがない時代になったということを意味する。

 ソウルで暮らす成人男女の47.8%が、子どもの漢字名をきちんと書くことができない一方、この問題を深刻に感じて小学校の漢字教育に賛成する保護者は89.1%に達する、という統計結果もある。 基礎的な漢字の意味を知らないため、意味が通じない 「不通」 現象が起こり、 「漢字を知らないため知識拡張の道が閉ざされている」 という深刻な問題提起もある。 「漢字が分からない」 現象をこれ以上放置していれば、測定不可能な社会的損失が生じるというわけだ。

 ソウルのいわゆる 「名門大学」 勤めるA教授は最近、ある学生と会話していて非常に驚いた。 「金九キム・グ先生は暗殺( アムサル )された」 と言うと、学生が 「あの方は、がん( アム )で亡くなったのですか」 と聞き返してきたのだ。 暗殺という単語の漢字を知らなかったため、 「ひそかに殺す」 という意味だということも分からなかったのだ。 A教授は 「ハングル世代の悲劇が、今や来るところまで来たという感があり、ぞっとした」 と語った。




 ハングル専用政策によって漢字が教科書から消えて44年、今や漢字は若い世代にとって、避けたい対象というだけでなく 「宇宙語」 あるいは 「特殊文字」 扱いを受けている。 スマートフォンやタブレットPCからは漢字の入力システムが姿を消し、ハングルだけで誤記された単語が、正しい表記として 「定着」 するケースも多い。

 大学教授のB氏は少し前、学生に課題を出す際 「なるべく漢字を多く使うように」 と指示した。 学生たちは、課題の表紙に自分の学科を 「行正学科」 ( 正しくは行政学科 )、 「火学科」 ( 正しくは化学科 )などと書いて提出した。 「自分が専攻の学科で一体何を学んでいるのかすら知らない」 というわけだ。 別の大学で中文( 中国語・中国文学 )科の教授を務めるC氏は 「大学4年生になっても、大韓民国を 『大朝民回』 と書くありさま」 とため息をついた。
 D教授は 「ある学生が、書類を取りに洞事務所( 地方自治体の支所 )に行った際、職員が 『( 印鑑が必要だが )指章( 指紋 )でも構いません』 と言ったのに対し 『指章も持ってきていないんです』 と答えたそうだ」 と語った。 指章が 「指」 で押す 「図章( はんこ )」 のことだと知らなかったために、こんなやりとりが起きたのだ。 「旅館( ヨグァン )」 を 「女子( ヨジャ )が住む家」 だと勘違いしていたり、 「カード決済」 を 「カード決裁」 と書いたり、さらには 「調印式」 の 「調印( ジョイン )」 を英語のjoinのことだと思い込んでいるという話もある。 成均館大学のイ・ミョンハク教授が2007年に行った調査では、大学の新入生の20.3%は自分の名前を漢字で書くことができなかった。

 大学院生も例外ではない。 E教授は 「助教( 教授の雑務を手伝う大学院生アルバイト。 日本でいう 「助教」 とは異なる )に 『図書館に行って、国語学概論を探してくるように』 と言ったら、手ぶらで戻ってきたことがあった」 と語った。 開架式の図書館で、書架をいくら探してみても、そんな本はなかったという。 D教授は 「漢字で国語学概論と書かれたタイトルを読めなかったためだということを後で知った」 と語った。




 「漢字が分からない」 状態の最大の問題点は、 「知識の拡大」 が不可能になり、知識を広げる道が閉ざされてしまうことだ。 成均館大学中文科のチョン・グァンジン教授は 「漢字語は韓国語の語彙ごいの70%、学術用語の90%以上を占めているのに、それを教えないというのは、近道があるのに回り道をするようなもの」 と語った。 数学の場合、 「楕円だえん」 が 「長めの円形」、 「二等辺」 が 「2本の辺の長さが等しい」 という意味だと知っていれば、単語から概念を把握し、入っていけるのだ。

 「図書館の衰退」 を懸念する声もある。 仁済大学のチン・テハ碩座せきざ教授( 寄付金によって研究活動を行えるよう大学の指定を受けた教授 )は 「漢字が多く使われている1980年代以前の本を大学生が全く読めないということは、韓国各地の大学図書館に所蔵されている資料の90%以上が、そのまま死蔵されるということを意味する」 「政界や教育当局は、この問題の深刻さを認識し、まずは最小限の漢字教育から始めるべき」 と語った。




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 また、賢い人なら衛生観念の大切さが分かると思いますが、それすら分からない人達です。
 《 朝鮮事情 明治39年 荒川五郎 著作 》
濁っている水だろうが、小便や糞が混ざっている水でも平気で飲む。 とにかく不潔で、味噌と糞も朝鮮人にとっては一緒だ。
壁は馬糞を混ぜる。 壁が固くなるそうだ。
驚くべき事に小便で顔を洗う。 肌のきめが細かくなるそうだ。
肺結核や解熱として小便を飲む。
いよいよ病気が酷くなると、大便を食べる。
穴で暮らしているから夏は暑く、家の外で寝るが、顔の近くを大便や小便が流れているが、朝鮮_人にとっては臭くないらしく、平気で寝る。
小便壷が家の中にあり、客がいても平気で小便をする。 また、痰を吐くときは口の近くに壷を持ってくる。
雨が降るとこれらの不潔物と雨水が一緒になりすねの上まで浸かり、家の中の物が水に浸るが、洗うという事はしないでそのまま使っている。
婦人が洗濯をしているので見てみると小便水と見分けの付かない黒い水に洗濯物を揉んだり打ったりしている。
 
 





( 2015.06.11 )

   

 韓国・国民日報は10日、世界的な名門で知られる米・ハーバード大とスタンフォード大に同時進学が決まった “韓国人天才数学少女” の話が、事実ではないことが明らかになったと報じた。 大学側は、韓国人少女がもらったという大学合格証が偽造されたものだと明らかにしている。

 記事によると、 “韓国人天才数学少女” は米国バージニア州のトーマス・ジェファーソン科学技術高校に通う3年生で、ハーバード大とスタンフォード大からそれぞれの学校を2年ずつ通う特別なプログラムに招待されており、マーク・ザッカーバーグからも研究に誘われたということを多くの韓国メディアが4日に報道していた。

 だが、ハーバード大は 「大学合格証が偽造された」 と発表し、スタンフォード大は 「合格証を送っていない」 と否定している。

 この記事に対し、韓国のネットユーザーからは様々なコメントが寄せられている。

記者の問題。裏を取らずに、他の記事をそのままマネして書いているから、こんなことが起きた。
史上初のハーバードとスタンフォード同時入学はウソだったか。
米国は信用社会。トーマス・ジェファーソン高校を出れば、アイビーリーグに行けるのに、なぜウソをついたんだろう?
韓国の水準を見せてくれたみたいで恥ずかしい。
彼女はテレビのインタビューにも出たのに。それもウソだったのか?
病気だよ。 名門に執着する韓国の病気。
韓国の国の品格を落とした。
米国ではこういうのは大きな問題。 大学に行けなくなっちゃう。
こんなにすぐにばれるウソをなぜ?
こんな学歴詐欺に全国民がもてあそばれるほど、韓国は穴だらけ。
本当に天才だったかもしれないが、親が誇張してしまって、人生を棒に振った。
10代がこんな詐欺を?
息を吐くのと同じ様に嘘を言う韓国人


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( 2015.07.01 )

 



米東部マサチューセッツ州のハーバード大学のキャンパス
 韓国で6月初め、米国留学中の韓国人女子高生( 18 )が名門のハーバード大とスタンフォード大に 「同時合格」 するとの報道が話題となった。 だが、両大学が 「事実ではない」 と全面否定し、周囲も疑念を抱き始めると、生徒と家族による自作自演の 「うそ」 だと分かった。 この国で自殺傾向のある15~19歳の子供の半数以上が原因に 「学業成績と大学受験」 を挙げる。 親の子供への期待の大きさは想像を絶するようだ。 今回の騒動からは韓国社会のゆがんだ “受験競争” の一端が垣間見える。



 

 朝鮮日報( 電子版 )によると、米国内の韓国メディアが6月2日、女子高生の主張に基づき、ハーバード大とスタンフォード大から 「合格通知書」 が届いたと報じた。 韓国国内のメディアはこれを後追い報道した。

 米東部ボストン近郊にあるハーバード大は、言わずと知れた世界の名門校。 150人以上のノーベル賞受賞者を誇り、オバマ米大統領をはじめ、政官財を問わず数多くのリーダーを輩出してきた。 一方、西部カリフォルニア州シリコンバレーにほど近いスタンフォード大も負けていない。 各種の世界大学ランキングで高い評価を受け、出身者にはIT関連の起業家も多い。

 日本に置き換えれば、東大と京大の両方に合格したことになる。 ハーバード、スタンフォード両大学から同時に入学を許可されれば、もちろん親は鼻が高い。

 だが、結局はすべてが 「うそ」 だった。

 聯合ニュース( 電子版 )は6月10日、 「( 両大学を )合格した事実はない」 と伝えた。 また、朝鮮日報がハーバード大側に電子メールで合否を問うと、広報担当者は 「( マスコミが報じたような )スタンフォード大で1~2年間学んでからハーバード大で勉強するという共同プログラムは存在しない」 と説明。 スタンフォード大の広報担当も電子メールで 「家族が公表した合格通知書は本物ではなく、スタンフォード大が発行したものでない」 と強調したという。




 女子高生の父親は朝鮮日報に対し、こう答えている。
「娘は合格通知書を受け取った後、両大学の新入生オリエンテーションに参加して学生証ももらった」

「私たち家族だけでなく、娘が通うトーマス・ジェファーソン科学技術高校の入試担当教師もハーバード大からオンラインで合格通知を受け取ったと聞いている」
 東亜日報( 電子版 )によれば、女子高生は韓国国内のラジオ番組に出演し、 「2つの大学が自分のために特別ケースを作ってくれた」 と、はばかることなく語ったという。

 祖国を離れ米国に留学しているのだから、彼女も一生懸命勉強していたのだろう。 だが、親が自分の子供の主張を鵜呑みし、見栄みえで 「合格」 がでっち上げられ、それをマスコミが大きく取り上げた。 その背景にあるのは、韓国が日本以上に厳しい競争社会だということだ。 それゆえに、他の子供の親に対する見栄が激しくなっているといえる。




 朝鮮日報によれば、女子高生の父親は6月12日、 「大きな騒動を起こしてしまい、心から申し訳なく思う」 という謝罪のメールを韓国メディアのワシントン特派員らに送信してきたという。 「すべて私の過ち」 と書いたこの父親は 「父親である私がこれまで子供の心の痛みをさらにひどくしていたことを深く反省する」 としている。

 韓国は極端な学歴社会とされる。 大学進学率は8割以上で、欧米などへの留学を目指す児童・生徒も少なくない。 それが過度な競争社会を作り出す。 今回の騒動もそうした背景から起きた。

 13日付の東亜日報は 「 『在米天才少女を巡る騒ぎ』 に投影された歪んだ学閥主義」 と題した社説を載せ、 「今回のハプニングは、大学入試を控え、強迫観念にとりつかれたような10代少女の物語を突き詰めもせず、一方的に拡大再生産した両親の欲が招いたことだ」 と指摘している。

 韓国では、名門大学の看板に執着する社会の雰囲気や保護者の過剰な期待が、学業へのプレッシャーとして働き、子供を精神的にがけっぷちに追い込みやすいのだという。 記事では 「保護者らが、子供の名門大学進学にすがっている間、保護者の目線に合わせるため、子供の内面が壊れるのではないか、目を配るべきだ」 と呼びかけている。