大日本史番外編 「 朝鮮の巻 」
古代の任那支配と文化伝播




韓国は古代に文化を日本に教えたと優越意識を持っているが、韓国側に資料はなく日本書紀などの記述を根拠としている。しかし古代に日本が朝鮮半島の任那を支配していたと日本書紀などの記述を根拠として主張すると、そんなことは有り得ないと日本側の資料を真っ向から否定する。
「 日本のイメージ 」 鄭大均 1998 中公新書
今日の日本論の体たらくぶりを、日本古代史の専門家という立場から批判しているのは金絃球高麗大学教授である。

 1985年、( 中略 )H大学アジア文化研究所主催で、「 東洋古代文献の信憑性 」というテーマのシンポジウムが開催され、私は日本文献に関する発表者として参加することになった。
 発表に先立って市内の某ホテルで主催者側と発表者が事前集会をもった。当時私は血気にあふれており、また韓国史の大家であるL教授と同席したこともあって平素抱いていた韓国の学界についての不満をぶちまけた。

「 わが国の中・高等学校教科書を見ると、百済・高句麗・新羅三国の文化が日本に伝えられた話が出てきますが、その内容は日本古代史書である『 日本書紀 』を土台にしているもので、わが国の史書にはありません。ところが、日本の学者たちが『 日本書紀 』を土台にして、古代日本が200年余り韓半島南部の伽耶( 日本では任那という )地域を支配したという「 任那日本府説 」を主張すると、韓国の学界では、それは( 中略 )信じることができない資料なので、その学説も信じることができないと主張しています。( 中略 )これは明白な矛盾であり、こうした姿勢ゆえに日本の学界が韓国の学界を軽く見るのではありませんか 」と、身のほどを知らぬ質問をした。

 そうしたらL教授は黙り込んで答えず、横におられたC教授が「 自信がないんだよ 」とおっしやった。
 『 日本書紀 』には日本が『 任那日本府 』という機構を置いて韓半島南部を支配しつつ三国文化を運んでいったようになっている( 中略 )。しかし、韓国の中・高等学校では三国文化が日本に伝播される国際関係に関しては何の説明もされず、ただ高句麗、新羅、百済の三国が日本に文化を伝えた事実だけを教えている。そこで、学生たちは日本を客観的に理解できず、無条件、対日優越意識だけを助長する結果をもたらした。外国に出かけたわが国の学生が、日本側の主張をそのまま取りあげた任那日本府説( 中略 )に接して戸惑うのも無理がない。
 ( 金絃球 )