大日本史番外編 「 朝鮮の巻 」
独立による財産請求権の清算


韓国の教科書に載らずマスコミも報じない
韓国独立による両国間の財産・債権などの請求権の清算完了と経済協力

「 日韓誤解の深淵 」 西岡力 1992年 亜紀書房
日本の敗戦によって日本の朝鮮支配は終了する。1951年のサンフランシスコ講和条約によって日本は朝鮮の独立を承認し、国と国、国と国民( 法人を含む )、国民と国民の間の財産、債権、請求権に関しては特別な取り決めを結んで処理することとなった。韓国は亡命政権の活動などを根拠に戦勝国としサンフランシスコ条約に加わりたかったのだが、連合国側はそれを認めなかった。そのため同条約21条で日本が支払いを約束した「 戦争で受けた物質的損害と精神的損害に対する賠償を受ける権利 」は認められなかった。わかりやすく言えば、韓国については分離独立に伴う両国国民間の未清算部分の清算だけが認められたのだ。

1952年から始まった日韓交渉では、この財産、債権、請求権に関する交渉がひとつの大きな柱となった。韓国側は日本に対して8項目の「 対日請求権要綱」を提示した。( 1966年大蔵省印刷局発行『 時の法金別冊・日韓条約と国内法の解説 』より引用 )
   
( 1 ) 朝鮮銀行を通して搬出された地金返還
( 2 ) 日本政府の対朝鮮総督府債権の返還
( 3 ) 日本降伏後に韓国から送金された金品の返還
( 4 ) 韓国に主事務所を置いていた法人の在日財産の返還
( 5 ) 韓国法人または韓国自然人の日本国または日本国民に対する日本国債、公債、日本銀行券、被徴用韓国人の未収金、補償金およぴその他の諸請求権の弁済( 本項の一部は下記の事項を含む。1、日本有価証券 2、日本系通貨 3、被徴用韓国人の未収金 4、戦争による被徴用の被害に対する補償 5、韓国人の対日本政府請求恩給関係その他 6、韓国人の対日本人または法人請求 7、その他 )
( 6 )〜( 8 )は略

この中の( 5 )の3〜7が、戦争に動員された韓国人の補償と関連があるわけだ。ちなみに「 ( 5 )の7その他 」に関しては注目すべき情報を関係者から聞いた。交渉の過程で韓国側自らが「 その他 」の中身は「 今後起こりうるかもしれない諸問題 」であると主張していたというのだ。現在韓国内にある「 従軍慰安婦は65年当時議論されなかったのだから新しく請求できる 」という主張は当時の韓国側の解釈とも矛盾することになる。

一方日本側はこの8項目要求に対して、根拠のあるものは支払う準備があるが、立証責任は韓国側にあるという立場をとった。その上で日本側の要求として、日本人の在韓私有財産に対する補償を求めた。どちらが多いかを計算すると日本側の取り分の方が多いという主張だったのだ。当時日本人の在韓財産はすべて米軍が没収し韓国政府に委譲しており、日本はサンフランシスコ条約でその効力を承認していた。しかし、1907年制定のハーグ陸戦法規によれば、占領軍も占領地の私有財産を没収することはできないとされているから、日本人の私有財産に対する対価は請求できるという理屈だった。日本は1957年にアメリカ政府の解釈に従いこの主張を取り下げたが、その時韓国側の取り分を計算する際、日本人の私有財産が韓国政府のものとなった点を「 関連あるもの 」として考慮するという了解をとりつけることに成功した。

その後、1961年に政権の座についた朴正煕大統領の強力なリーダーシップのもと、この問題は実務レベルを離れ、経済協力と抱き合わせの形で一括解決されることとなった。それが1965年日韓国交回復の際に締結された「 財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定 」である。

この第一条で日本は韓国に無償で3億ドル、長期低利の借款を2億ドルを、10年間にわたって供与することが決められた。またそれ以外に日本からの3億ドル以上の民間借款の提供も約束された。ただし、このうちいくらが韓国への未清算部分の支払いなのかはまったく明らかにされていない。

第2条では韓国の独立に伴う未清算部分の解決が終了したことに関して次のように書いている。「 1 両締約国は、両締約国及びその国民( 法人を合む )の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサンフランシスコ市で署名された( a )に規定されるものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する 」

その上この協定について合意された議事録の中には、「 協定第二条に関し、同条1にいう完全かつ最終的に解決されたこととなる両国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題には、日韓会談において韓国側から提出された『 韓国の対日請求権要綱 』( いわゆる8項目 )の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがって、同対日請求要綱に関しては、いかなる主張もなしえないこととなることが確認された 」と記されているのだ。

こうした条文を読めば、無債有債5億ドルを韓国政府にまとめて供与することによって韓国人戦争犠牲者へのいかなる補償もすべて終了したということは明白である。当時、日本の外貨準備高は18億ドルであった。また、65年当時韓国の手持ち外貨は1億3000万ドル、貿易赤字が手持ち外貨を上回る2億9000万ドルの時期での5億ドルという額は日・韓両国にとってもたいへんな金額だったことも明白である。

( 中略 )
韓国側関係者にも考えてもらいたことがある。日本からの5億ドルの資金は、農業近代化、浦項製鉄所建設、中小企業育成、科学技術開発、昭陽江多目的ダム、京釜高速道路建設などに投入され、66〜75年の10年間に経済成長寄与率20パーセント、経常収支改善効果年平均8パーセントという実績を生み出した。「 漢江の奇跡 」と呼ばれる朴政権下の急速な経済成長に、過去の清算を目的として日本が提供した資金が有効に活用されたということは、日韓両国関係者の努力の結果として高く評価するべきだ。フィリピン、南ベトナム等への「 賠償 」資金の使途と比べてきわめて有効な使途であったといえるだろう。

重ねていうが資金の使途をどうするかはその国の主権行為であってそれについて要求があればそれぞれが自国政府に提出すべきことである。韓国は韓国なりの有効な使途を作ったが、それになお問題があれば韓国政府が解決するしかない。

ところで、民間人に対する補償は日韓国交回復後10年間延期された後、75年に「 軍人、軍属または労務者として招集され1945年8月15日以前に死亡した者 」が対象となり、その直系遺族約9500人にそれぞれ30万ウォンが支払われた。しかし負傷者を含む生存者にはまったく何もなされていない。ある意味でいえば、韓国人戦争犠牲者たちは経済発展という国家民族の大事のために多少我慢させられてしまったということだ。別の言い方をすれば、韓国政府は戦争犠牲者を含む国民全体が絶対的貧困から解放されるために日本からの資金を使うという選択をし、その政策は目標を達成したのだ。

また、それと同時に日本金融機関への預金、債権など財産関係についての補償も実施され、9万3685件、66億4100万ウォンが支払われている。元従軍慰安婦の韓国人女性が92年3月下関郵便局を訪れ、6〜7000円の軍事郵便貯金の払い戻しを請求したと、新聞などで報じられたが、もし彼女に日本側が払い戻しをしたら、65年の協定のすべてが崩壊してしまうということは明らかだろう。また、従軍慰安婦として当時のカネで6〜7000円の貯金( 当時東京でかなりの家が一軒買えた )が出来たという事実も、その置かれた状況が一般で思われているような奴隷的なものとはかけ離れていたことを示すものといえよう。

それから、在日韓国人の元軍人・軍属に対する補償に関して韓国政府の民間人補償でも除外されているから、日本人と同等にすべきだという要求が出ている。しかし、65年の協定により日本人は韓国における財産をすべて失い、韓国人も日本における財産( 貯金、債権等をも含む )をすべて失った。それに対して日本政府は日本人に一切補償しなかったが、韓国政府は請求権資金の一部を使い前述したような補償を実施した。ところが、在日韓国人だけは日本における財産を失うことがなかったのだ。ここでたいへんな優遇を受けているのである。だから、韓国政府は民間人補償から在日韓国人を排除しているのだろう。

もし不公平が残るとすると軍人・軍属・労務者として死亡した者の遺族が在日韓国人のなかにいた場合だけであり、その場合も当然自国の政府に対して救済を求めるべきものなのだ。もし在日の旧軍人らが日本人の間軍人らと同じ救援を日本政府から受けるとすると、財産を失った本国の人たちに比べて財産はそのままの上、援護も格段手厚く受けることになって衡平を失してしまう。

ところが大多数の韓国人ほ、日本からの資金がどのように使われ、いかなる効果を上げたかをまったく知らされてこなかった。マスコミも書かないし、学校でも教えていない。65年に国交が回復して以来、両国閣係者の努力により日韓両国はさまざまな紆余曲折はあったが友好と協力を積み上げてきたことは確かだ。その肯定的側面についての議論が余りにも少なすぎはしないか。日本が植民地時代にいかに残虐な弾圧をしたのかをロウ人形で再現している独立記念館を訪れるたびに思うのは、65年の国交回復以降の友好協力関係についてなぜ展示がないのかということだ。請求権資金の約4分の1が投入された浦項製鉄所でも、一日平均数百人による内外の見学者に、一切そのことを説明していない。日本人は戦前の歴史をもう少し知る必要があるが、韓国人にも65年以降の歴史にもう少し、目を向けてもらえないだろうか。

現代コリアコラム 戦後補償の欺瞞( 上 )
「 弔慰金支給法 」は人道の名を借りた「 差別法 」
( 月曜評論平成12年6月号 ) 西岡力
なぜ「 差別法 」か

 ついに5月31日、自民、公明、保守の与党3党が提出していた「 国籍離脱戦没遺族等弔慰金支給法案 」が前記3党および共産党の賛成で成立した。筆者は本誌前々号に短い文章で反対論を書いたが、大手のマスメディアでは、この法案の持つ重大な問題点について誰も指摘していないのでもういちどそのことを少し詳しく触れておきたい。

 まず法案の中身を紹介する。第二次大戦で日本軍の軍人、軍属として働いた韓国・朝鮮人、台湾人のうち、戦後も帰国せず日本に残っていた者らに対して戦傷病者本人には見舞金200万円と老後生活設計支援特別給付金200万の合計400万円を、戦死者や戦傷病者の遺族には弔慰金260万円をそれぞれ支給するというものだ。

 一言でいうならば、韓国という国を独立国として認めることを止める法案だ。これくらい韓国と韓国人をバカにした「 差別法案 」はない。なぜそういえるのかを順を追って説明したい。

昭和40年、5億ドル供与で解決ずみ

 何回も同じことを書くが、日韓の間での補償問題は、昭和四十(1965 )年に締結された「 財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との協定 」( 以下「 請求権・経済協力協定 」 )で「 完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認 」( 第二条 )されている。

 経緯を少し詳しく説明しておこう。1948年8月、国連監視下の選挙を経て韓国に李承晩政権が樹立された。同政権は米国をはじめとする連合国に対して、第二次大戦中、重慶にあった「 臨時政府 」が対日宣戦布告をしていたことなどを根拠サンフランシスコ講和条約に戦勝国として参加することを求めた。しかし、それは認められず、そのため、韓国は戦争賠償を受ける権利を持てなかった。

 ただ、同講和条約4条の規定により、韓国および韓国民( 法人含む )が日本および日本国民( 法人含む )に対して持つ財産、権利、利益は、両国間の特別取り決めで処理せよと決められた。そこで韓国は国交交渉に際し、韓国および韓国民( 法人含む )が日本および日本国民( 法人含む )に対して持つ財産、権利、利益を一括して、韓国政府に日本政府が払うように要求した。韓国は昭和26( 1951 )年第1回韓日交渉で「 対日請求要綱 」( いわゆる8項目 )を提出した。その第5項にはこう書いてあった。

5 韓国法人又は韓国自然人の日本国又は日本国民に対する日本国債、公債、日本 銀行券、被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済を請求する。
 本項の一部は下記の事項を含む。

(1) 日本有価証券
(2) 日本系通貨
(3) 被徴用韓人未収金
(4) 戦争による被徴用者の被害に対する補償
(5) 韓国人の対日本政府請求恩給関係その他
(6) 韓国人の対日本人又は法人請求
(7) その他 

 この「 (3) 被徴用韓人未収金 」「 (4) 戦争による被徴用者の被害に対する補償 」「 (5) 韓国人の対日本政府請求恩給関係その他 」がまさに今回の法案と関係する項目だ。

韓国政府も「 完全、最終解決 」を確認

 韓国政府は日本政府に、韓国国民が受け取るべき未収金・補償・恩給分まで含めて個人に払わずに、一括して政府に払えと要求したということだ。

 詳しい経緯は省略するが、先に見た昭和40年の「 請求権・経済協力協定 」で、日本は韓国に無償3億ドル、有償2億ドルの経済協力を行い、それをもって日韓間の補償問題を解決させた。

 日韓両国はこの協定の各条文の解釈に関して、後日齟齬が生まれないように「 協定についての合意された議事録 」を公表している。その協定2条に関する(g)項には
完全かつ最終的に解決されたこととなる両国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題には、日韓会談において韓国側から提出された「 対日請求要綱 」( いわゆる8項目 )の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがって、同対日請求要綱に関しては、いかなる主張をもなしえないこととなることが確認された。

 と明記されているのだ。こうした条文を読めば、無償有償5億ドルをまとめて韓国政府に供与することによって、すべての韓国人戦争犠牲者の関する補償は完了したということは明らかである。昭和40年当時、日本の外貨準備高は18億ドル、韓国の外貨準備高は1億3千万ドル、貿易赤字が2億9千万ドルだった。こういう時期の5億ドルは、両国にとって大変な金額であったことも明白だ。

 よくドイツは被害者に個人補償をしているのに日本はそれを怠っているという批判が、マスコミなどに出る。しかし、それはまったく根拠のない批判だ。分断国家となったドイツは日本のように賠償や補償問題を規定した講和条約を結んでいない。だから、日本が韓国に行ったような国家間での補償は、実施していない。そのかわり、もともとドイツ国民のなかのナチス犠牲者を対象とした「 連邦補償法 」を、国外にも援用する形で個人補償を実施してきた。

 もう一度確認するが、日本は韓国人戦争犠牲者に対して、個人補償ではなく国家間補償を実施した。それは、サンフランシスコ講和条約で連合国側が決めた方法であり、かつ韓国政府が求めた方法でもあった。当時の外貨準備高の約4倍の資金供与を受けた韓国政府は、それをもって日韓のすべての補償問題が「 完全かつ最終的に解決されたこと 」を確認し、今後それに関して「 いかなる主張をもなしえないこととなること 」を認めた。在日韓国人の元軍人・軍属であっても韓国民である以上、当然この中に含まれることも言うまでもない。

 国民個人が受け取るべき分まで含めて一括して日本政府から資金を取った韓国政府は、その中から韓国国民への個人補償を実施した。郵便貯金や銀行預金残高などが確認できる九万三千六百八十五件に対してはその金額を、それから旧日本軍の軍人・軍属として死亡した九千五百四十六人の遺族には一律三十万ウォン(当時のレートで約19万円)が支給された。

 日本は協定成立にともない一つの法律を作った。「 財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律 」( 昭和四十年十二月十七日公布 )だ。この法律により韓国と韓国民( 法人含む )が日本と日本国民( 法人含む )に対して持つ財産、権利、利益をすべて消滅させた。

相次ぐ在日による訴訟の背景

 平成四年韓国人元慰安婦が、下関郵便局を訪れ、戦中の貯金を支払うように求めた。調べてみると彼女が慰安婦をして貯めた二万六千二百四十五円が原簿から確認された。本題からずれるが、この金額は当時家が数軒買えるほどの巨額だ。慰安婦だった彼女が戦地で「 性奴隷 」などとはほど遠い、経済的に恵まれた境遇にあったかがここからよく分かる。法治国家である日本では、昭和四十年に法により消滅している貯金を払うことはできない。彼女は支払いを拒否され、裁判を起こした。貯金通帳を紛失して韓国政府から補償を受けられなかった彼女は、本来なら韓国政府を相手に交渉すべきなのだが、日本人弁護士らと一部マスコミが彼女を利用して反日運動を展開したわけだ。

 しかし、在日韓国人が日本国内で持つ財産などはその法律で例外とされ消滅されなかった。それは、「 請求権・経済協力協定 」の中で、特別の在日韓国人を優遇する規定があったからだ。すなわち、戦後も日本に居住した者の財産権は守られることが、協定第二条二項の・に記されている。だから、在日韓国人が所有する土地、住居、パチンコ店などの不動産も郵便貯金・銀行預金もすべて消滅させられなかった。同じ韓国国籍でありながら日本に住んでいるということで特別な保護が与えられたのだ。

 この特別な保護の帰結として、在日韓国人は韓国政府が実施した補償から除外された。在日韓国人の持つ預金通帳は本国人の持つそれのように無効になっていないのに、その金額を韓国政府が払うなどということが起きてしまうからだ。

 ところが、十数年前から一部の在日韓国・朝鮮人が、日本人に与えられている障害年金や恩給が自分たちにはないのは「 差別 」だと主張しだした。それを応援する日本人学者、弁護士らが出てきて、在日の元軍人・軍属が相次いで裁判を起こした。彼らは国連にもこれを持ち出し「 反日 」宣伝を行い、平成5年10月には国連人権規約委員会が「 差別 」是正を日本政府に勧告するに至る。ついには昨年( 平成11 )10月、大阪高裁で、「 ( 国籍 )条項の改廃を含め、国際社会からも十分納得が得られるような是正措置がとられることを期待する 」という裁判長の所見が出された。

 朝日新聞をはじめとする一部のマスコミは、先に見た日韓政府間の交渉経緯をまったく触れずに、同じ日本軍で働いていたのになぜ補償がもらえないのかと、感情的なキャンペーンを展開した。それに、野中広務・現自民党幹事長がのっかって、官房長官時代からなんだかの措置を取ることを約束し、氏の強力なリーダーシップのもとで今回に法案がまとめられたのだ。

 筆者は今回本稿を書くに当たり、内閣外政審議室に取材した。担当の役人であれば当然事情を知っているはずなのに、なぜ戦後50年以上たった今、完全に解決している事案に税金を出すのかを尋ねるためだった。担当者はあくまでも人道的措置であって、補償ではないと答えた。それなら、元日本軍人・軍属であった韓国国籍者のうち、なぜ戦後も帰国せずに日本に住み続けた者たちだけに人道が及び、韓国に住む同じ境遇の人たちにはそれが及ばないのか説明してほしいと重ねて聞くと、それらの方々から自分たちにも同じことをせよという声が出てくるとは思うと答えるのみだった。

 そもそも韓国政府は戦傷者などを含め生き残った者には一切補償を払っていないから、今日本政府に障害年金や恩給を要求している在日韓国人の元日本軍人・軍属は本国人がもらえない特権を自分たちだけはもらえると考えている「 差別主義者 」ということになる。遺族が全員在日で韓国政府が実施した補償から漏れたケースでも、訴えるべき相手は韓国政府であり、要求額は韓国国籍者である限りは30万ウォンが基準とされるべきこともいうまでもない。( なお、遺族のうち誰かがすでに韓国政府から補償30万ウォンを受け取った場合は今回の法案の対象から除外される )。

誇りなき特権要求

 日本に住んでいながら日本人と違う扱いをされるのが差別だという彼らの主張は、自分が韓国人であるということを忘れた誇りなき特権要求で、悲しいものだ。次の事例を考えればそのことがよく分かる。

 韓国政府は日本から受け取った5億ドルの一部、20億ウォンを基金として、「 独立功労者事業 」を行った。具体的には、国内外で独立運動をして死亡したり身体的障害を負った独立功労者とその遺族への毎月の生活援助金や奨学金を出したり、無利子・低利の資金を貸し出すなどが実施されている。もしも、国連や大阪高裁の要求通り、日本が在日韓国人に対して、日本人元軍人・軍属と同じ待遇を与えたとすると、独立運動で死んだりけがをした韓国の英雄たちとその遺族よりも、日本軍の軍人・軍属だった者たちの方が支給される金額が大幅に多くなってしまう。

 あるいは、朝鮮戦争で韓国を守るために犠牲になった数百万の韓国軍将兵と遺族への補償も、貧しかった当時の韓国では極わずかしかなされていない。韓国軍の軍人として命を懸けて奉仕した者らよりも、元日本軍人として大日本帝国のために戦った者の方が戦後の補償が多いということが起きたら、韓国は日本から真に独立したといえるだろうか。

 日韓交渉をまとめた韓国朴正煕政権は、日本からの5億ドルの資金について、「 (1)すべての国民が利益を均等に受けられなければならず、(2)国民所得が増加される用途に使われなければならず、(3)すべて韓国政府の主導的意志により決定されなければならない 」( 韓国政府発行『 請求資金白書 』 )という方針を定めた。具体的には農業近代化、中小企業育成、昭陽江多目的ダム・浦項製鉄所・京釜高速道路建設などに投入し、韓国政府の公式統計によると、同資金は1966〜75年の10年間で、経済成長寄与率約20%、経常収支改善効果年平均8%という実績を上げた。「 漢江の奇跡 」と呼ばれた朴政権下の急速な経済成長に有効に活用されたということだ。独立国家として韓国政府が主体的に決めた資金の使い方が、このような成果をもたらしたということでもある。

 たとえ日本に住もうとも韓国国籍を持つ者であれば、自分が個人的に受け取っても良いはずのお金ではあるが、それを一括して朴政権が受け取りこのように有意義に使ってくれたことの対して、大いなる誇りを持つべきことではないか。そう思えないのなら、早く日本国籍をとる手続きをとり、その上で日本政府に要求を出せばよいのだ。

 一方、自らを北朝鮮の在外公民だと位置づける在日朝鮮人の場合も、現在進行中の日朝国交交渉で北朝鮮政府は韓国と同様に、個人補償ではなく国家間補償を求めている。それが不服ならば本国政府に抗議すべきだ。今回の法案によって北朝鮮本国の元軍人・軍属がもらえないものを彼らだけに支給するのは、やはり人道の名を借りた「 差別 」だ。

現代コリアコラム 戦後補償の欺瞞( 下 )
日韓国交回復の法的枠組みを崩すなBR> ( 月曜評論平成12年7月号 ) 西岡力
前回は、在日韓国・朝鮮人に対する戦後補償論議のでたらめさを書いた。今月はその続きとして、昭和40年の日韓国交回復の際、過去の清算がどう処理されたのかを、確認しておくことにする。

 今年に入り、約8年ぶりに日朝国交交渉が再開された。6月の南北首脳会談で日本国内では、軍事政権の独裁者金正日を賞賛するムードが高まっている。関係者周知の通り、野中広務自民党幹事長は、北朝鮮の対南対日謀略工作責任者である金容淳を「 親しい友人 」と呼ぶほど、金正日独裁政権に近い人物だ。総選挙でいよいよ政権内での影響力を高めた野中氏主導で、日本政府が早期国交に動く可能性が出てきた。金正日も「 年内交渉妥結 」を目指しているという報道もある。

外交原則

 外務省の外交官らは、日本人拉致、ミサイル、工作船侵入、覚醒剤密輸などの懸案解決なしに国交正常化はあり得ないと断言しているが、その際に強力な根拠となっているのが、日本は昭和40年の日韓国交回復の際の法的枠組みを崩すことは絶対にできないという外交原則だ。そこで、ここで少しじっくりと昭和40年の枠組みを確認し、野中氏らの横車を排除する梃子として活用したい。

 日韓国交回復の際、両国でまず問題になったのは、いわゆる「 基本関係 」だ。それには2つの論点があった。第一は、北朝鮮をどう位置づけるのかという問題だ。第二は、植民地統治時代をどう評価するかという問題だ。韓国側は、次のような立場を主張した。 歴史的な面から見るとき、我国は一九四五年八月一五日日本の無条件降伏により独立を回復する権利を持つことになったが、完全な主権国家としての体制を備えるにはいろいろな手続きが残っており、日本との関係が完全に終息したのではなかった。即ち、米軍政と過渡政権を経て政府が樹立されたのが一九四八年だが、その年の一二月一二日第三回国連総会で、韓半島の唯一の合法政府であることが宣言されて国際的に主権国家として認められるなど国際社会においては完全な独立国家としての基盤が造成された。

 しかし、占領当事国である日本による韓国の独立の承認は一九五一年九月八日、サンフランシスコ講和条約によってようやくなされたのだ。このサンフランシスコ講和条約は連合国と日本との間で締結された条約であって、当事者である日本と韓国の関係、即ち日本が過去の対韓国植民地政策を謝罪し、過去に締結したすべての条約、議定書、協定書などを無効にする措置は取られないままであったから、そのような韓・日間の基本的な関係を樹立すべきことは歴史的な命題として残されていたのである。( 『 請求権資金白書 』(韓国)経済企画院 1976 三〜四頁、傍点は西岡 )

 第一の論点に関しては、本稿の主題から離れるので一言だけ触れておく。韓国側は北朝鮮は不法に韓国の領土を占拠している「 傀儡集団 」に過ぎず、韓国政府が「 韓半島の唯一の合法政府である 」と主張しそれを日本が認めるように求めた。最終的に、基本条約第三条で「 大韓民国政府は、国際連合総会決議第百九十五号(・)に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法政府であることが確認される 」と書かれたのだが、韓国はこの条文で自国の主張が貫かれたと解釈した。反面、日本側はここで引用されている国連総会決議は韓国政府を「 朝鮮における唯一のこの種の政府である(傍点、西岡) 」としており、「 この種の 」の意味は韓国政府が有効な支配と管轄権を及ぼしている地域における政府ということであるから、北朝鮮が支配している地域については何も規定していない、という立場に立った。この条文は「 北鮮の部分については全く触れていないということである。わが国は、北鮮と国交関係をもっていないが、それは、韓国と国交関係をもっている多数の国の場合と同じく、日本が自らとっている立場によるのであって、この第三条の結果としてそうなったり、そうする義務を法律的に負うのではない」(『 日韓条約と国内法の解説 』大蔵省印刷局 昭和41年 16頁 )として、北朝鮮と日本が将来国交を持つこともあり得るとした。

植民地統治をめぐって 

 さて次に第二の論点である過去の清算に関して詳しく検討しよう。交渉において韓国は「 日本が過去の対韓国植民地政策を謝罪し、過去に締結したすべての条約、議定書、協定書などを無効にする措置( を取る ) 」ことを要求した。

 まず謝罪については、基本関係条約( 日本国と大韓民国との基本関係に関する条約 )の前文に「 日本国及び大韓民国は、両国民間の関係の歴史的背景( 略 )を考慮し 」という表現が入れられただけだ。これは、韓国民が謝罪を求めているという点に「 考慮する 」という意味が含まれるが、日本側が謝罪するということにはなっていない。条約、協定の中に「 謝罪 」に関する表現は一切ない。

 日本政府の植民地統治に関する基本的立場は、当時の国際法上「 有効 」「 合法 」だったというものだ。後述の通りこの姿勢は現在も基本的には変化していない。したがって、法的責任が伴う条約、協定の中では、「 謝罪 」はしないという断固たる姿勢を貫いている。

 「 謝罪 」と並んで韓国側が求めた「 過去に締結したすべての条約、議定書、協定書などを無効にする措置 」は基本関係条約第二条に反映された。そこには「 千九百十年八月二十二日以前に大日本帝国と大韓帝国との間に締結されたすべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認される 」と書かれた。ここで問題となったのは「 もはや無効であることが確認される 」という部分の解釈だった。

 日本側は、日韓併合条約は一九一〇年から韓国が独立する一九四八年まで国際法上有効であり、それゆえ植民地支配は「 合法 」なものであったと認識している。だから条文にある「 もはや 」以下の解釈は、一九四八年を過ぎた時点においては「 もはや無効 」だということであって、「 当初から無効 」だったわけではないという立場だ。佐藤栄作首相が昭和四〇年一一月一九日参議院本会議で「 旧条約は( 略 )いろいろな誤解を受けておるようでありますが、条約であります限りにおいて、これは両者の完全な意思、平等の立場において締結されたことは、私が申し上げるまでもございません。したがいまして、これらの条約は、それぞれ効力を発生していったのであります 」と答弁しているとおりだ。

 しかし、韓国政府は別の解釈を取った。この条文により、過去の条約、協定が締結の「 当初にさかのぼって無効にされた 」という立場だ。李東元外務部長官は一九六五年八月八日韓国国会韓日条約特別委員会で「 大韓帝国と日本国間で結ばれたすべての条約と協定は過去日本の侵略主義の所産であり、我々の民族感情や日本の韓国支配が不満であったという我々の基本的立場から見るときに当然、無効だということはいうまでもありません。( 略 )政府としては一九一〇年八月二二日またはそれ以前に締結されたすべての条約や協定は当初から無効であることが基本条約第二条で確認されたという見解を明白にここで表そうと考えるものです 」と答弁した。李長官が挙げた「 当初から無効 」論の根拠は「 民族感情 」と「 不満 」という「 感情 」のレベルだ。我々は当時からいやだったのだという感情を正面に出して、条約を無効化するという異例の主張であり、いってみれば一方的願望だ。そして、感情を前面に出す以外、植民地統治を「 不法 」とする根拠はないという歴史の事実がここからはっきりと分かる。

 西欧が主導し世界に広めた国際法では、剥き出しの軍事力を背景にして締結された条約であっても締結されれば有効とされた。たとえば、アヘン戦争の結果一八四二年に締結された南京条約によってイギリスは香港での植民地統治を開始したが、同条約は一九九七年、イギリスが自国の意思で香港を中国に返還するまで効力を発揮し続けた。

36年間の代価は求められない

 そして、実は韓国政府もそれを事実上認めていた。基本条約によって「 日本の韓国支配が国際法違反の実力行使による不法な事実であることを宣言 」( 『 韓日会談白書 』韓国政府 1965 2頁 )されたのなら、当然それに対する「 補償 」が支払われたはずだが、韓国政府自身がそれを求めなかったのだ。いや、より正確に表現すると、国際法上求めることができないことを認めていたのだ。日本は韓国に対して無償三億ドル、有償二億ドルの経済協力を実施し、韓国の日本に対する請求権を消滅させたことは前号で書いたとおりだが、請求権の位置づけに関して韓国政府は次のような冷静な立場をとっていたからだ。

請求権の性格

 サンフランシスコ平和条約第4条の対日請求権は、戦勝国の賠償請求権とは区別される。韓国は不幸なことにもサンフランシスコ平和条約の調印当事国として参加できず従って平和条約第14条の規定に依る戦勝国が享有する「 損害および苦痛( Damage and Suffering) 」に対する賠償請求権を認定されることができなかったのだ。

 しばしば、請求権問題と関連して「 日帝の36年間植民地統治の代価 」として論議する一部の意見はこのような韓・日間の請求権問題には賠償請求を含ませることができないという根本的立場を認識できないところから起きる概念の混同だとみることができる。

 我々が日本国に要求する請求権に国際法を適用してみれば、領土の分離分割に伴う財政上及び民事上の請求権解決の問題なのだ。( 前掲『 韓日会談白書 』40〜41頁 )

 ここで、韓国政府は日本に対して「 日帝の36年間植民地統治の代価 」は求めることができないのだと明言している。先にも書いたが、もし日本の統治が国際法上「 不法 」であることが認定されれば、「 損害および苦痛( Damage and Suffering) 」に対する賠償請求権があるはずだ。その上、韓国政府の基本条約第二条解釈では、日本の統治が国際法上「 不法 」であることが認定されたことになっている。しかし、韓国政府は賠償請求権はない、と断定しているのだ。その根拠は、サンフランシスコ平和条約がそれを認めなかったという点に求めている。つまり、国際法上、植民地統治は賠償、補償の対象にはならないことを韓国政府も認めた上で、「 領土の分離分割に伴う財政上及び民事上の請求権解決 」を日本に求めたのだ。

 これは大変重要なポイントだ。なぜなら、日本は北朝鮮との国交交渉で、日韓交渉の国際法的枠組みに基づく形以外はとれないし、とるべきでないからだ。注目すべきは、4月に再開された日朝交渉で北朝鮮側が、「 戦争賠償 」と「 戦後の補償 」という金丸訪朝後の交渉で強く主張していた要求に言及しなかったことだ。この2つが出てくれば、完全に日韓の枠組みを超える。今回は「 植民地支配による人的物的被害に対する謝罪と補償 」をまずなすべきだという主張が前面に出てきた。わざわざ、北朝鮮の団長がTBSテレビでそのことを強調する会見までした。そして、日本のマスコミはもちろん外務省の中にも、これなら日韓の枠組みの中でのめると考える向きがある。

 しかし、本稿がこれまで詳しく見たように、日韓交渉で日本は「 植民地支配による人的物的被害に対する謝罪と補償 」は行っていない。ただ、「 領土の分離分割に伴う財政上及び民事上の請求権解決 」つまり、預貯金などをはじめとする債務を支払ったというだけなのだ。無償有償合わせて5億ドルという当時としてはかなり巨額を出したのは、債務の支払い分だけでなく、それにプラスして同じ自由陣営に属する友好国への経済協力資金が含まれているからだ。

 だから、北朝鮮に対して日韓の枠組みを適用するなら、北朝鮮が今回出してきた「 植民地支配による人的物的被害に対する謝罪と補償 」には応じてはならず、ただ事実関係が証明できる債務などだけを払うという姿勢を貫くべきなのだ。また、戦後ソ連軍が没収して北朝鮮政府に引き渡した日本の民間財産については、ハーグ陸戦法規46条の規定の通り原権利者に「 報償請求権 」が残っており、北朝鮮へ払う請求権資金の額を算定する際、当然日本の民間財産の額が相殺されなければならないと主張すべきなのだ( 日本は韓国に対して同様の主張をした )。

 そして、北朝鮮が横田めぐみさんら無辜の日本人を拉致するなど大変反日的政策をとり続けてきた以上、昭和40年当時の韓国が友好国であるから行った経済協力分に関しては、算定から除かれるのが正当なのだ。つまり、支払額は韓国に出した5億ドルを大きく下回らなければおかしいという結論になる。

 ここまで読んできて、中曽根首相以後歴代の日本の首相らは謝罪をし続けてきたではないかと疑問を呈されるかもしれない。実は、日本政府がこの間ずっと行ってきた謝罪は、国際法上の「 不法 」を認めてなされたものではなく、あくまでも現在の時点から過去を振り返ると「 遺憾 」であったという気持ちの上でのことなのだ。

 これは、先に見たとおり韓国政府が植民地支配の「 不法 」を主張する際、当時自分たちは「 不満 」だったという感情を根拠としていたことと裏表の関係になる。そのような感情は十分理解できるし申し訳なく思うというこちらも感情のレベルの応答なのだ。具体的には昭和40年2月に椎名外相が訪韓したとき出された共同声明に「 李外務部長官は過去のある時期に両国民間に不幸な関係があったために生まれた、韓国民の対日感情について説明した。椎名外務大臣は李外務部長官の発言に留意し、このような過去の関係は遺憾であって、深く反省していると述べた 」と書かれた。

 即ち、帝国主義が全盛だった当時の国際法では「 合法 」であったが、韓国が独立し日韓が国交を持とうという時点から振り返ると「 遺憾 」であり「 反省 」するということだ。法的な評価はあくまでも貫きながら、だから条約・協定の条文にはいっさい謝罪の文言を入れないが、感情的な評価からは二度と両国が支配被支配という不幸な関係に戻ることがないように反省するというわけだ。平成七年、あの謝罪好きの村山首相も参議院本会議で次のようにきちんと答弁している。「 日韓条約は当時、法的に有効に締結された。しかし、政治的、道義的評価とは別の問題であり、政府としては朝鮮半島地域のすべての人々に対し、過去の深い反省と遺憾の意を表明してきた 」。( なお、この発言は韓国から妄言だと攻撃されたが、村山首相は発言の大枠は否定していない。詳しくは拙著『 コリア・タブーを解く 』 )。

 北朝鮮に対して感情レベルを超えた謝罪と巨額の資金供与は絶対にしてはならない。


一般国民に知らされることのない日本の援助
「 いい加減にしろ韓国 」 豊田有恒 平成6年 詳伝社
感謝されない日本の技術援助

韓国鉄鋼業は、日本からの技術導入の恩恵を、もっとも受けている。浦項製鉄所を見学したとき、ぼくは、現在の日本との関係など、意地悪な質問を、韓国側の案内役にぶつけてみたが、言を左右にして答えてくれなかった。

ぼくの友人T氏が、提携先の製鉄会社の社員である。かれの依頼で、その会社の独身寮で講演を頼まれたときのショックは、いまだに忘れられない。かれは、「 うちの会社には、韓国が好きな人間は、一人もいないでしょう 」と言った。

ぼくも見学してきたが、韓国の浦項製鉄は、日本の最新鋭工場と、同じレイアウトになっている。単一工場での出銑能力では、日本と同じだが、人件費などの相違から、受注量がいまや日本をしのいでいる。だから、単一の工場では世界最大の生産量ということになる。

この工場の建設にあたっての苦労話をさせたら、日本最大のこの製鉄会社の社員には、いくらでも言い分はある。「 確かに契約として、会社として、やったことでしょう。だけど、それだけじやないんです。日本人は韓国に負い目を持っています。だから、このプロジェクトを成功させなけりゃいけないという使命感をみな持っていました。サラリーマンだって、生身の人間です。ほんの一言でいいんです。韓国語にも、ありがとう−−カムサ・ハムニダって、言葉があるでしょう。要は、気分の問題なんです。日帝36年を持ち出されると、こっちとしては、なにも言えません。うまく言えないけど、すべて終わったあとで、ぜんぶ自分たちがやったっていう態度にでられると、こっちとしても我慢しなけりやいけないと判っていても、割り切れない気持ちになるんです 」友人を通して、このとき知り合った製鉄会社の同僚は、こう言ったものだ。

この類の日本人の不満は、あちこちで聞かされた。これは、直接に聞いたものではないが、日韓共同プロジェクトとして、ソウル市の地下鉄一号線の工事は、日本の技術援助で完工した。だが、その開通式にあたっては、日本の援助には一言も言及されなかったという。

「 日本と韓国 」 昭和50年 朝日新聞社刊
『 「 日本にもこんな地下鉄があるか 』。道案内の女子学生にこう聞かれてびっくりした。ソウル駅から青涼里駅まで7.8キロ。1974年8月、陸英修大統領夫人が凶弾に倒れた日に完成した地下鉄はソウルっ子の自慢のタネである。が、この地下鉄の建設に日本の経済・技術協力があったことは韓国民には全然知らされていない。「 韓国の独力で完成した 」という宣伝がゆきわたり、日本の協力については「 外国の援助もあり 」とつけ加えられる程度である。これにはソウルに住む日本人は一様に割り切れない思いでいる。後宮駐韓大使もこうした日本人の気持ちを代弁して「 ひとことでも日本の経済協力が関与していることをいうよう配慮 」( 大韓商工会議所セミナーでの演説 )して欲しいと遠慮がちに訴えたほどだった。

新日鉄の協力でできた浦項製鉄所にしても同じことだ。実際に功績のあった日本人実業家たちには勲章が贈られ、この国の知識人たちのあいだでは日本の協力があったことは知られてはいるが、一般民衆はほとんど知らない。「 あきらめてますよ 」と日本企業のソウル駐在員たちはいう。どうせ、かつて日本がこの国を支配した「 三十六年 」がある。なにをしたって日本は陰の存在。表に出て、いいように思われることはない、と。

韓国政府や韓国マスコミは、日本の資金援助や技術協力の成果を完全に黙殺している。これでは一般の韓国人が、日本は過去の清算をしようとしないという不満を持つのは当然である。同じことは韓国の歴史教科書にも当てはまる。日本の善政を一切認めず全てを否定的に書くため、『 日本の植民地支配は人類史上最悪の支配であった 』などと臆面もなく与太を飛ばす者がでるのである。
日本に対する見方が、日本統治体験世代より戦後生まれのほうが厳しくなったのは、マスコミ報道・学校教育で反日人間が拡大再生産された為であろう。まさに歴史歪曲の結果である。



朝鮮日報 記事入力 : 2004/12/28 18:12
韓日基本条約の文書公開 焦点は「 請求権 」の所在
 韓国政府の韓日協定( 韓日基本条約 )文書の一部公開方針( 来年1月17日からソウル・瑞草( ソチョ )洞の外交安保研究院の外交資料課でマイクロフィルム形式で一般に公開される )予定のについて、専門家は28日、日本の植民地期に韓国人被害者の請求権の所在を明確にする契機となるという見方で一致している。

 また文書公開の余波で日本統治の期間に徴用・徴兵などによる韓国人被害者の補償要求が強まると見て、政府の責任ある姿勢を求めることにしている。

 崔鳳泰( チェ・ボンテ )弁護士は、「 韓日協定文書の公開で被害補償の責任が韓国政府にあることが明らかになれば、政府はこれに対する責任を負わなければならない 」と主張している。

 ただ、崔弁護士は、「 1965年の韓日協定締結当時、韓国政府が受け取った8億ドルについて日本政府がこれまで経済協力し金と主張してきただけに、文書公開が日本側に対する請求権が生きていることを確認する契機になる可能性も排除できない 」としている。

 崔弁護士はまた、韓日間の摩擦も予想されるとし、「 日帝時代( 日本の植民地時代 )の被害者たちに対する法的補償の終結の是非と韓日協定当時に交渉対象から除外された軍慰安婦被害者、在日同胞問題なども依然問題として残っている 」と付け加えている。

 続いて、「 政府が被害者補償に責任があるならば今からでも解決しなければならず、日本側に補償責任があるならば断固とした姿勢で対日交渉に乗り出すべき 」と指摘している。

 イ・セイル民族問題研究所専任研究員は韓国政府が韓日協定締結時に日本政府の一括補償に言及、これが反映されたとすれば、植民地期に被害者に対する補償責任を免れるのは難しいと見通している。

 また、日本政府はこれまで請求権問題は解決済みという点を繰り返しており、韓国政府も補償は終わったという立場を堅持してきただけに、文書公開で相次ぐと見られる補償金請求問題がどのような方式で解決されるかは予測が困難だという見解をイ研究員は持っている。

チョソン・ドットコム
条約は締結されているのでそれが覆されることは無いハズ。
‥‥で、公開されたら日本に請求できる物が出てくるとでも思ってるんかいな?…
日韓基本条約を破棄すれば可能と思うけどな。