議論は第一次資料である当該法令の規定や公文書の記述に拠って論じられなければならない。
創氏改名は、強制力があったか/なかったか




創氏改名の争点は、強制力があったかなかったかに集約される。この点従軍慰安婦の争点と似通っている。もっともこれらの前提なしに日本を絶対悪とする人もいるが、それは考慮しない。

従軍慰安婦の争点は、従軍慰安婦が存在したかではなく、従軍慰安婦を軍が管理したかではなく、従軍慰安婦が公権力によって強制的に慰安婦にさせられたのかという点に尽きる。そしてその点についてはなんらの実証もされていない。

売春が政治において違法ではなく、倫理においてもそれほど問題とされなかった時代と売春が法律の抜け道によっておこなわれ、倫理上問題とされる時代とくらべるのはナイーブ(愚直)な発想である。

一方の創氏改名の争点も、朝鮮総督府の政令に罰則規定を持つ明確な強制力があったのかなかったかという点に尽きる。罰則のない法令など努力目標に過ぎない。法令を遵守しようとした遵法意識がたたえられるのみである。むしろよく法令に服した朝鮮人を褒めてしかるべきである。

創氏によって従来の姓を廃止させられたわけではないし(氏姓の概念には多々あるので朝鮮総督府の各政令に準拠する。下記参考)、政令に罰則規定があった資料は未見であるし、戦後の諸官庁の通達ほどの強制力があったとも思えないし、創氏改名しなかった者が刑罰に服した形跡もない。

よしんば改名せず罰せられると思っていたなら、朝鮮人は政令の内容を調べもしないことでナイーブであったし、逆らわず改名した朝鮮人は自主独立の気概もない憶病者であったことになる。まして朝鮮人のなかに改名を煽ったり改名で利益を得たケースがあったかという点を調査しなければ公正に欠く。

そもそも形而上の概念や倫理が政治に凌駕されないと考えるなら、朝鮮人は創氏改名などしなかったはずだ。

支配が終わったあとでなら日本に対してなんでも言える。その状態で、それを声高に叫ぶのは100%の被害者づらして自己弁護したがる卑怯者であることを露呈している。そのくせ「日本人は支配された朝鮮人の気持ちがわかっていない」というのであれば、独立から半世紀を経た今も日本に依頼心を持ちつづけ奴隷根性が抜けきっていないことにもなる。

日本の最大の失敗は、朝鮮人を同化しようとしたことである。併合などせず、属国か保護国の外国人として扱えばよかったのである。人道など考慮せず、英仏のように獣として扱ってもよかったのである。欧米文明など教えず、彼らを未開のままに留めてもよかったのである。

教化した結果はどうか? とくに独立後、韓国人・朝鮮人が人類の文明に寄与するような発明・発見を、人類の福祉を向上させるような貢献をした形跡があったのか。ただ彼らを傲慢にしただけではなかったか。

我らもまた彼らを教化できると信じた意味で傲慢であった。物事の因果を思考することに迂闊であったし、人の性善に頼ることはあまりに朴訥すぎたし、朝鮮人が日本人とは違うことに気づかなかったことでナイーブだったのだ。

義務教育も国土整備も衛生改善もしてわずか36年の統治期間に朝鮮人の人口は倍増した。500年の李氏朝鮮とは同列の談ではない。50年の北朝鮮と比較すると笑止である。韓国の「漢江の奇跡」が日韓正常化のあとに始まったことを忘れてはならない。とすれば、功罪を冷静にはかるならば功績の方が多いのは常識的な判断である。それらの点に盲目でいられる韓国人もナイーブであるが、それらに相伴している日本人も救いがたくナイーブである。

以下が創氏改名の関係政令である。

(引用開始)

朝鮮人ノ氏名ニ関スル件(昭和14年制令第20号)
第一条 
御歴代御諱又ハ御名ハ之ヲ氏又ハ名ニ用フルコトヲ得ズ
自己ノ姓以外ノ姓ハ氏トシテ之ヲ用フルコトヲ得ズ但シ一家創立ノ場合ニ於テハ此ノ限ニ在ラズ
第二条 
 氏名ハ之ヲ変更スルコトヲ得ズ但シ正当ノ事由アル場合ニ於テ朝鮮総督ノ定ムル所ニ依リ許可ヲ受ケタルトキハ此ノ限ニ在ラズ
附 則本令施行ノ期日ハ朝鮮総督之ヲ定ム
(この制令は、昭和14年11月24日に公布され、同15年2月11日より施行された)
 
朝鮮人ノ氏ノ設定ニ伴フ届出及戸籍ノ記載手続ニ関スル件(昭和14年朝鮮総督府令第221号)
第一条氏ノ設定ニ伴フ届出及戸籍ノ記載手続ニ付テハ本令ニ定ムルモノノ外朝鮮戸籍令ノ規定ニ依ル
第二条 
氏ノ届出ハ書面ヲ以テ之ヲ為スベシ
届書ニハ左ノ事項ヲ記載スベシ
戸主ノ姓名、出生ノ年月日、本籍及職業
第三条 
昭和十四年制令第十九号附則第三項ノ規定ニ依リ戸主又ハ前男戸主ノ姓ヲ以テ氏トシタルトキハ戸籍ノ記載ハ訂正セラレタルモノト看做ス但シ更正スルコトヲ妨ゲズ
戸籍ノ記載事項中家ヲ異ニスル者ノ氏定マリタルトキ亦前項ニ同ジ
附 則本令ハ昭和十四年制令第十九号施行ノ日ヨリ之ヲ施行ス
(この朝鮮総督府令は、昭和14年12月26日に公布され、同15年2月11日より施行された)
 
朝鮮人ノ氏名変更ニ関スル件(昭和14年朝鮮総督府令第222号)
第一条 
氏名ノ変更ヲ為サントスル者ハ其ノ本籍地又ハ住所地ヲ管轄スル裁判所ニ申請シテ許可ヲ受クベシ
不許可ノ裁判ニ対シテハ不服ヲ申立ツルコトヲ得ズ
第二条 
許可ノ申請ハ書面ヲ以テ之ヲ為スベシ
申請書ニハ左ノ事項ヲ記載シ戸籍謄本ヲ添附スベシ
本籍、住所、氏名、出生ノ年月日及職業
変更セントスル氏名
変更ノ理由
第三条 
許可ノ申請ヲ為スニハ手数料トシテ五十銭ヲ納付スルコトヲ要ス
前項ノ手数料ハ収入印紙ヲ以テ之ヲ納ムベシ
附 則 
本令ハ昭和十四年制令第二十号施行ノ日ヨリ之ヲ施行ス
明治四十四年朝鮮総督府令第百二十四号ハ之ヲ廃止ス
本令施行前前項ノ朝鮮総督府令ニ依リ為シタル名ノ改称ニ関スル願出ニ付テハ仍従前ノ例ニ依ル
(この朝鮮総督府令は、昭和14年12月26日に公布され、同15年2月11日より施行された)

(引用終了)
上記の関係政令は中野文庫・植民地法令(朝鮮の部)から

従軍慰安婦問題でも、公権力による強制的な連行がなかったと判明したあと、強制の定義を修正しようと、吉見義明・中央大学教授は、その著作『従軍慰安婦』で、次のように述べている。

その女性の前に労働者、専門職、自営業など自由な職業選択の道が開かれているとすれば、慰安婦となる道を選ぶ女性がいるはずはない・・・たとえ本人が、自由意思でその道を選んだように見えるときでも、実は、植民地支配、貧困、失業など何らかの強制の結果なのだ
(『従軍慰安婦』[6,p103] 岩波新書 吉見義明・著 平成7年4月刊行より)

このように強制の定義を拡大されるならば、どんな議論も成立しない。それはどこまでも拡散・深長しうるものである。人はそれを泥試合と云う。
だからこそ議論の公平を期し、不成立を防止するためにも、
第一次資料である当該法令の規定や公文書の記述に拠って議論が論じられなければならないのであって、創氏改名についてもその箇所から論じられなければならない。

さて立法府によって制定され、行政府によって施行される法律を担保するのは、行政府の権力であり、権力の根源は暴力の独占にある。
ある人が、法律そのものに強制力を見い出すとしたら、その背後に国家の暴力があるからである。その意味で強制執行力を明示されていない法律は、いかにもぬるい存在である。罰されないからと、守らぬ人も出てくるからである。刑事罰で科料があるような刑法でも破る人には事欠かないのだから、当たり前である。かくて公権力による暴力が執行されないのに、なぜ法を遵守するモチベーションが働くのかと云う疑問が起こる。

我らが法律を守るのは一見倫理によっているようだし、法律の根源には宗教的規範がある。すなわち倫理から形而上の概念(=宗教)までに発する法哲学の問題が関わってくるのだが、現実に法律を担保するのは政治権力であり、権力が独占する暴力(=公安警察)であることに変わりはない。これについては、またパウロのテーゼたる内面と外面の峻別を、文化相対主義の抱える矛盾をも含めて法哲学の観点から述べなければならないのだが、すべての人の理解力に合った文を書く時間がないし、論点から大きく逸れるので、今回は割愛させていただこう。創氏改名の争点、すなわち根本は当該政令に罰則規定があったかなかったか、である。

もう一度、創氏改名の関係政令に戻って検証する。

朝鮮人ノ氏名ニ関スル件(昭和14年制令第20号)の
第一条 
自己ノ姓以外ノ姓ハ氏トシテ之ヲ用フルコトヲ得ズ但シ一家創立ノ場合ニ於テハ此ノ限ニ在ラズ
によると、朝鮮人は従前の姓をそのまま氏にして使うことができる、ということになる。とくに日本人的な氏に変更する必要はないことになる。

朝鮮人ノ氏ノ設定ニ伴フ届出及戸籍ノ記載手続ニ関スル件(昭和14年朝鮮総督府令第221号)の
第三条 
昭和十四年制令第十九号附則第三項ノ規定ニ依リ戸主又ハ前男戸主ノ姓ヲ以テ氏トシタルトキハ戸籍ノ記載ハ訂正セラレタルモノト看做ス但シ更正スルコトヲ妨ゲズ
先の条文とあわせてみると、ここでも日本人的な氏の届け出をしなかった場合には、戸主の従前の姓をそのまま氏としても併用する形で戸籍に記載される、ということになる。

朝鮮人ノ氏名変更ニ関スル件(昭和14年朝鮮総督府令第222号)の
第三条 
許可ノ申請ヲ為スニハ手数料トシテ五十銭ヲ納付スルコトヲ要ス
前項ノ手数料ハ収入印紙ヲ以テ之ヲ納ムベシ
によると、日本人的な氏と名前に変更したい者は、申請書に50銭の収入印紙を貼付して提出しなければならない、ということになる。わざわざ対価を支払って日本人的な氏と名前を手に入れた、ということになる。

この場合の対価を支払ってまで、という意志の発露をどう強制的であると解釈したらいいのであろうか。そもそも氏名の届け出は“しなければならなかった”のだろうか。届け出をしなかった場合の罰則規定はやはり見当たらないのである。引用している政令には、届け出をしなかった場合についての規定がない。これについては、朝鮮民事令中改正ノ件(昭和14年制令第19号)にあるようだが一部しか検索できなかったので引用しない。

このように法令(当時の朝鮮においては憲法が施行されていないので、政令のみ)の部分で論破されると、従軍慰安婦のときのように強制の定義を拡大しようとする契機が発生するのもむべなるかなである。もちろん法解釈の相違において論じるならばそれでよい。これに関する朝鮮の政令とそこから派生する下位の規則すべての整合性の判断をしていない以上、解釈が間違っている場合も否定できないからだ。とくに昭和14年制令第19号の全文が検索・入手できなかったので、それを掲載してくれれば非常にありがたいことである。

もっとも法解釈について反論されることがなければ、左派系の人々の抱える誤謬のために法哲学などをもとに論じていかなくてはならなくなるだろう。しかしそういった込み入った話となると、彼らの理解力がついてこない(仏教用語で云うなら機根が整っていない)ので彼らはやはり困り者である。