大日本史番外編 「 朝鮮の巻 」
戦後の日本国籍離脱問題


終戦後、「 もう我々は敗戦国の日本人ではない 」と言って、闇市などで法律を無視して傍若無人の振る舞いをした在日コリアン達が、時代が変わると権利獲得運動のためか「 ある日突然一言の挨拶もなく日本国籍を奪われた 」と日本政府を非難しマスコミに訴えています。
週刊新潮2000年10月12日号 迷走日本の原点 櫻井良子
( 西岡力氏の談として )
ある日突然、日本国籍がなくなったのは韓国政府の決定で、日本国が決めたのではないのです。非常に多くの人がこの点を誤解しています。

日本は敗戦し1952年までGHQの占領下で国家としての独立を失っていた。一方、朝鮮半島では1948年に相次いで大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国が樹立、50年には朝鮮戦争が始まった。その前年の1949年10月7日、駐日大韓民国代表部はマッカーサー連合国司令官に「 在日韓国人の法的地位に関する見解 」を伝え、在日大韓民国国民の国籍は母国の韓国であり、日本国籍は完全に離脱したと宣言したのだ。日本国籍を離脱、つまり捨てさせたのは、日本側ではなく韓国政府であり、それに対抗する北朝鮮政府だったのだ。1952年に日本がサンフランシスコ講和条約を結んで独立を回復した時は、在日の朝鮮半島出身者は、すでに日本国籍を捨て韓国籍を選ぶのか、北朝鮮籍にするのかで激しく対立していた。日本国が彼らに日本国籍を選ぶか否かなどと言える状況ではなかった。

朝連機関紙「 民衆新聞 」9号( 1946年1月15日 )より
「 日本政府が本当の民主主義国家であるならば当然日本内に居住する人民に選挙権、被選挙権を付与しなければならない。百数十万の人口を持つわれわれに、当然に与えられなければならない。われわれは解放された自主独立の外国人の立場を堅持しながら、生活の根拠を日本に持つ外国市民の立場として自分自身の生活を守り、36年間受けてきた迫害と虐待に対する報復のために、また侵略的日本軍国主義天皇制を打倒するために総選挙に参加する。 」

「 体験で語る解放後の在日朝鮮人運動 」 姜在彦 1989年 神戸学生青年センター出版部
1954年11月8日に、平壌放送で南日外相の放送があり、この放送の中ではっきりと、在日朝鮮人は朝鮮民主主義人民共和国の公民であると宣言されます。これがのちに、朝鮮総連の第一綱領になります。

 在日韓国人については、終戦後の1949年に韓国政府からGHQ( 当時の日本の施政権はGHQにあった )に対し「 日本国籍離脱の宣言 」がなされています。「 日本が一方的に日本国籍を奪った 」という主張は真っ赤な嘘に基づくものです。
※ 日本がまだGHQの施政権下にあった1949年10月7日、駐日大韓民国代表部はマッカーサー連合国司令官に「 在日韓国人の法的地位に関する見解 」を伝え、「 在日大韓民国国民の国籍は母国の韓国であり、日本国籍は完全に離脱した 」という趣旨の宣言を行いました。

「 日本は我々に勝手に日本国籍を与え、我々から勝手に日本国籍を剥奪した 」と怒っています。この言葉を裏返せば「 日本国籍が欲しいけれど( 何らかの理由で )日本国籍を得られない 」ということに成るのではないでしょうか?