大日本史番外編 「 朝鮮の巻 」
朝銀問題の暗部


Link 朝銀信用組合への公的資金導入  --->  朝銀って何?公的資金投入って何?
Link 小池百合子代議士のHP  --->  朝銀問題特集

総連の地上げビジネスと朝銀
「 わが朝鮮総連の罪と罰 」 韓光煕著 野村旗守取材構成 2002年 文藝春秋
(著者の韓光煕氏は元朝鮮総連中央本部財政局副局長 )

パチンコとおなじくらい総連が力を注いだのが、地上げビジネスである。
(中略)
周知の通り、地上げというのは、土地を買い上げそれを転売する仕事である。 80年代も後半に入ると、日本の都市部の土地は凄まじい勢いで値をつり上げていった。 不動産業者は都会の一等地を目指して巨額の投資をつぎ込みはじめた。 土地を買いたい人と売りたい人がいて、値段が析り合えばこれを買うというなら何も問題はない。 しかし、その土地がどうしても欲しいが、地主が絶対に売りたくないという場合もある。 どうしても売りたくはないというなら諦めるしかないが、やっかいなのは、売りたい地主と売りたくない地主が混在している場合である。 そして、駅前などの一等地というのは、大抵がこのケースなのだ。 ここにやくざやブローカーが介在する余地が生まれる。 彼らは地上げ屋と呼ばれた。 地上げ屋は「 売りたくない 」と頑固に拒み続ける地主を説得し、ときには暴力的に脅しつけて売買契約書に捺印させる。 他人様から恨まれる商売だから、やはり堅気の人間はやりたがらない。 そして、他人がやりたがらない商売というのは、おうおうにして利益が大きいのである。 総連がここに眼をつけたのは、自然の理だった。

さらに、地上げというビジネスは巨額の裏金を必要とする。 地権者に対して領取書のいらない現金を渡せる者だけが、土地を取得できる仕組みになっている。 土地をいくらで売ったかということがわかれば、地権者は応分の税金を払わなければならないからだ。 これは大企業には絶対に真似のできない芸当である。 大企業がそんな出所不明のカネをひそかに動かそうとすれば、かならず税務署に眼をつけられる。 それに、彼らの取引先である大手銀行の出納にも常に国税の眼が光っている。 朝銀という小規模な信用組合のなかに大量の裏金を貯えていた朝鮮総連にとってはまさにうってつけのビジネスであった

総連の手がけた地上げには、私が知っている範囲だけでも、大きなものが3件あった。 名古屋の新幹線駅周辺、大阪・吹田市の江坂駅近くの高層ビルの建て直し、それから北九州市小倉区のある旧市街を街ごとすべて買い上げる計画である。 いずれも80年代の後半にはじまった。 名古屋に関しては200億円くらいの投資をつぎ込んで駅周辺一体のごちやごちゃした土地を買い上げ、それを大手建設会社数社を含む業者に転売した。 これの利益がおよそ20億円あったのだが、この転売で当然生ずるはずの譲渡税を朝鮮総連はほとんど払っていない。 この当時、土地を転がせば簡単に億単位の利益が転がり込んできたが、それがそのまま取入になるわけではない。 5年以内の短期で転売しようとすれば、最大約9割ものべらばうな税金をとられる。 しかし税務対策は総連にとってお手の物だから、なんとか誤魔化せるだろうと高をくくっていたようだしかし、このときはさすがに額が大きかったから、税務署の眼も厳しかった。 名古屋の国税が中央本部に乗り込む直前までいき、総連は大騒ぎになったのである。 我々は慌てふためいて身構えていたのだが、結局、査察が入ることはなかった。 陰で強力な政治の力が働いたのであろうことは想像に難くない。

次に手をつけたのが、大阪だった… おそらくこれがいちばん儲かったケースではないか。 このときには、約60億の投資で利益が40億もあった。 (中略)さらに、広島や浦和でも大規模な地上げがおこなわれていたというし、他にも全国各地で総連の名を隠して強引な土地買取が進められていたはずである。 山梨や滋賀では大規模なゴルフ場開発もはじまっていた。 これらの投資につぎ込まれた資金がどこから出ていたかといえば、そのほとんどは朝鮮総連が全国に保有していた民族学校などの民族共有資産を担保に入れて融資を引き出したものであった。 後に、財政局長の康永官が作成した資料によると、総連関係資産で担保に入っているものは、2000億円から3000億円という。 私はおそらくその倍以上が担保に入っていると思う。 そして、そのうち、かなりの部分がこれらの地上げの資金につぎ込まれたはずだ。 つまり、表舞台にこそ顔を出さなかったものの、その当時の朝鮮総連とは日本有数の地上げ屋集団であったということなのだ

総連の買収攻勢と政治家そして朝銀救済
「 朝鮮総連工作員 」 張龍雲 1999年 小学館文庫
( 著者の張龍雲氏は在日朝鮮人で北朝鮮の秘密工作機関『 洛東江 』の在日工作員だった。 )
多くの日本人政治家は朝鮮総連によって手なずけられている。 旧社会党の幹部や書記長クラスは当然のこととして、朝鮮総連はかなりの国会議員に賄賂を贈るように指示している。 そして実際贈ったすべての国会議員が受け取ったといわれている。 清廉潔白でかつて総埋大臣候補にも名前の挙がった、会津武士の風貌をした国会議員も、最後には落ちたと聞いている。 日本政府は、私たち工作員から見れば、朝鮮総連と一蓮托生になっている。 国民が不可解に思う対北朝鮮外交は、そうした日本政府の姿勢の表れなのだ。 朝銀が不良債権のために仮に整理銀行となっても、その内情は国民に十分知らされることはないだろう。 国民に知らせてはならない内情があるからだ。 実際、日本の大手都市銀行も北朝鮮への送金にはかなりの部分関与しており、これを大蔵官僚も了解している。 このようなことが白日の下にさらされることは決してない。

「 日本外交はなぜ朝鮮半島に弱いのか 」 佐藤勝巳 2002年 草思社
北朝鮮からみた対日政策でもっとも重要なことは、日本の政治をいかにして韓国から引き離し、北朝鮮寄りにもっていくかにある。 私は帰国運動の第一線にいたとき、信じがたいことを目撃した。 1963( 昭和38 )年5月1日、総聯は「 祖国自由往来 」なる運動を提起した。 在日朝鮮人が北朝鮮に自由に往来できるようにするという運動だが、そのためにとった戦術は、まずは地方議会にこれを決議させ、日本政府に圧力をかけるというものである。 地方議員は圧倒的に保守系であったが、この人たちの賛成がなければ決議は実現できない。 そこで総聯は、「 飲ませる、食わせる 」はもちろんのこと買収あるいは女性を与えるという、「 目的のためには手段を選ばぬ 」方法をとった。 みるにみかねた私は、公式の会議の場で総聯の責任者に向かって「 間違った運動である 」と批判した。 彼は「 われわれの苦痛がわからないから、そんなことをいうのだ 」と答えた。 振りかえってみると当時は、「 日韓会談反対 」などといっても耳を貸す人がいないとなると、役員が「 佐藤君、労働組合の幹部を集めて総聯にご馳走してもらって、運動をもりあげよう 」といっているような時代だった。 そのころの私は朝鮮問題にかかわって数年、右も左もわからない若僧だった。 だから、県の総聯の責任者や日本人役員は特別なのだろうぐらいにしか思わなかった。

しかし、その後、東京にでてきた私の視野はいっきょにひろがった。 私は現代コリア研究所の前身である「 日本朝鮮研究所 」に所属した。 以後、総聯幹部から入ってくるのは「 社会党の議員にカネをいくらやった 」とか「 学者にこれだけやった 」といった薄汚い話ばかりで、田舎からやって来た私はわが耳を疑った。 新潟では想像もできないほど不気味な世界が東京にはあった。 なにをして食べているのかわからない人たちがゴロゴロしている。 総聯活動家のいっていることも、はたしてどこまで信じていいのか、私にはわからなくなった。 1968( 昭和43 )年、日本朝鮮研究所は北朝鮮の評価をめぐって揺れていた。 その年の暮れも押しつまったころ、総聯国際部の幹部が私に会いたいといい、彼はこう申しでた。 「 おたくは、組織は大きくないが雑誌をもっているので無視できない存在です。 年を越すのに必要なカネをいってください。 援助します 」私はこれを丁重に断った。 もうそのころには、総聯幹部の申し出がなにを意味するのかわからないほど私も幼くはなかった。

同じころ、こんな経験もした。 ある在日朝鮮人の知人に頼まれて出版社を紹介し、その人の本がそこから出版されることが決まった。 食事を一緒にして別れぎわに彼は私のポケットにおカネをねじこんできた。 そのとき私は、朝鮮人はわれわれとカネにたいする感覚がちがうのではないかと気がついた。 さらにそれから十年近くたってからのことである。 見知らぬ朝鮮人から会いたいという電話があり、私たちは新橋のホテルで食事をした。 その人物はいった。
「 私は北朝鮮の対外調査部と関係がある人間です。 こんご、つき合ってもらえませんか 」
「 最初からそうやって身分を明らかにしていただくと助かります。 おつき合いするのはかまいませんよ 」
私がそういった瞬間、彼は衆人環視のなか右手に握っていた札束をいきなり私のポケットに入れようとした。 私は慌てて断ったのだが、一瞬、この場面が写真に撮られているのではないかと思って周囲をみまわした。
日本の社会では近づきのしるしにカネを渡すということはない。 私はこの一件があって以来、朝鮮半島の南北の政治の世界でのカネのありように注目するようになった。

政治制度にちがいはあるが、北も南もトップがカネを集め、それを使って自分の考えどおりに政治をもっていくのは同じだ。 カネは権力者が集めて配るものだ。 政治はたえずカネを媒介にして動いている。 北朝鮮ではいたるところに、これは「 金日成さまがくださった○○ 」と書いてある。 また、属する階層によって異なるが、金日成主席、金正日国防委員長の誕生日には全国民に食べものなどが配られる。 ここでは、政治とは王さまが下々の者にカネやモノを恵んでやることであり、政治理念はそのつぎだ。 韓国ではこれほど露骨ではないにしても、日本とは比較にならないほど大統領と財閥の癒着は根深く、この関係は延々とつづいている。 金泳三前大統領の息子は韓宝不正事件で逮捕され、金大中大統領の子どもは癒着の批判を受けて米国へ出国した。 伝統思想を克服するのは容易ではないということだろうが、北朝鮮はこうした彼ら流の考え方をもってわが国政治家に接近し、かれらの政治目的を果たしてきたのである。

金丸氏の金の延べ棒はどこから来たのか

以下は日本社会党本部に勤務していた人から直接聞いた話である。 ( 旧 )社会党のなかにはかつて「 朝鮮問題特別委員会 」という組織があった。 安宅常雄米田東吾両氏が委員長をしていた時代、委員会が開かれるときはつねに総聯国際局の幹部が出席していたという。
「 どうして、そんなことをしていたのですか 」私はその人に尋ねた。
「 総聯が『 朝鮮問題待別委員会 』に資金をだしていたからですよ。 それだけじゃありません。 なにかの声明をだすときは総聯国際局の幹部が書いてきた声明文を下敷きにして議論をしていたのです。 これでオーケーということになると、総聯幹部がこれをもち帰って総聯の印刷所で印刷し、それが『 社会党朝鮮問題特別委員会声明 』として配布されていたんです 」
「 だれも変だと思わなかったのですか 」
「 北朝鮮や総聯は絶対に正しいと考えているから、だれも問題だとは考えませんでした。 むしろこれが連帯だと思っていたのでしょう 」
北朝鮮はこのようにして( 旧 )社会党にカネを使ってきたが、期待したような成果をあげることができなかった。 そこで、こんどは狙いを自民党にしぼった。 このとき北朝鮮は中曾根康弘、竹下登、宮沢喜一、海部俊樹、金丸信の5氏の名前をあげて、だれがいちばん利用価値があるかを検討し、その結果、金丸氏に決まったと北朝鮮の政治上層部に詳しい在日朝鮮人が教えてくれた。

金丸氏が脱税容疑で家宅捜索を受けたとき、氏の金庫から無刻印〔品質保証がないもの〕の金の延べ棒がたくさんでてきた。 国際市場において無刻印の延べ棒は北朝鮮のものだけだ。 金丸氏が所有していた金の延べ棒は金日成主席から贈られたものであることは間達いない。 事実、金丸氏は当時、「 金日成さんからもらった 」と側近に語っている。 北朝鮮の政治文化からいって、金の延べ棒を金丸氏に贈ることなどしごく当たり前のことだ。 第6章で詳しく述べるが、金丸氏が1990年に訪朝したときにだした「 3党共同宣言 」では「 戦後の謝罪と償い 」が論しられているが、それが金の延べ棒の代償だとすると、とんでもないことになる。 この「 三党共同宣言 」が発表されてから一年後、総聯から金丸氏に30億円、金丸氏とともに訪朝した( 旧 )社会党の田辺誠氏に20億円、合計50億円のカネが動いたという話が関係筋で流れた。 この情報を追っていたジャーナリストは、ある程度の裏はとれたようだが、カネを運んだ人物に直接取材ができず、結局、活字にはできなかったという。

北朝鮮や韓国にまつわる話はつねに話が大きいのが特徴で、とくに数字に関してはあまり信用でさない。 そこで私は総聯の老幹部に尋ねた。
「 50億ではなく5億円ではないのですか 」
「 北朝鮮と国交が樹立して円借款がなされるとき、ゼロをひとつ多くつけてもらえば十分元がとれる。 それを考えれば50億円は安い先行投資ですよ 」
老幹部の答えを聞いて、私は自分の認識の甘さを恥じた。

元北朝鮮工作員の張龍雲氏の書いた『 朝鮮総連工作員 』〔小学館〕には「 朝鮮総聯はかなりの国会議員に賄賂を贈るよう指示されている。 そして実際に贈った全ての国会議員が受け取ったと言われている 」とある。 私は総聯の元大幹部に該当筒所を示して「 総聯のだれが、買収対象議員と買収金額を決めているのか 」と聞いたことがある。 「 総聯に決定権はないですよ。 買収対象議員と金額は、平壌( の金容淳書記 )から総聯に指示されてきます。 買収費の3分の1は平壌が負担し、残りの3分の2は各地の朝銀が負担するのです 」この大幹部と先の老幹部の発言を裏づけるのがつぎの事実である。

1997( 平成9 )年5月、朝銀大阪が破綻した直後、自民党内にある「 アジア太平洋小委員会 」が破綻の原因を究明しようとしたところ、党執行部から圧力がかかり、会合は1回で終わった。 1999( 平成11年5月、東京朝銀などが破綻した。 このときは自民党内の「 朝鮮問題小委員会 」が破綻原因を追及しようとして会合を開いた。 関係者の発言でわかったことだが、これもまた執行部の圧力により、つぎの会合を開くことができずに終わっている。 控えめにいって自民党執行部の態度は不可解だ。 だれが考えても、朝銀と自民党のあいだにはなにか関係があると思うだろう。 この期におよんで朝銀にどうして公的資金の贈与ということになるのか。 この暗部を切開しないかぎり、小泉内閣に政治改革をしたなどとはいわせない。

朝鮮半島問題で、金丸氏のつぎに登場してきたのが渡辺美智雄、加藤紘一、野中広務、中出正暉の各氏だ。 中山氏を除いて、かれらが日朝交渉再開に動いたときはいずれも自民党の実力者であり、いい合わせたように北朝鮮にコメ支援をしている。 前述のように北朝鮮の政治文化からいって、日本の政治の実力者には必ずカネをもっていっていると思う。 なぜなら、吹けば飛ぷような民間研究所すら買収しようと働きかけてくる人たちだ。 飛ぶ鳥を落とす勢いの政治家にカネをもっていかないはずがなかろう。 問題は、これらの政治家がそのカネを受けとったかどうかである。 逮捕された東京朝銀の幹部三人については、総聯とは無関係に分離裁判がおこなわれることが伝わってきている。 三人のなかには、日本の政治家にカネをもっていったと自供している人が含まれているのだ。 私はかれらの裁判に大いに注目している。

上記引用文で登場した米田東吾議員( 故人 )の呆れた「 主従関係 」パフォーマンス
「 戦後史のなかの日本社会党 」 原彬久 2000年 中公新書
社会党第五次訪朝団が派遣された78年といえば、金日成から金正日へと独裁権の「 世襲 」が固まっていく時期にあたる。 社会主義とはおよそ異質の体制が着々と構築されていくのである。 社会党はマルクス・レーニン主義ならぬ金日成の「 封建的独裁体制 」に終始称揚を惜しまなかったという事実は重い。
一つのエピソードがある。 朝鮮労働党との共同声明で金日成を「 偉大な指導者 」と褒め称えた第五次訪朝団( 1978年5月。 団長・飛鳥田委員長 )が金日成その人との昼食会に臨んだ時である。 随行員の河上民雄( 国際局長 )はこう回想する。 飛鳥田委員長の質問を受けて金日成が細かい数字などを陪席の部下に尋ねると、「 問われた人は食事中の箸を箸置きの上に置いてさっと立ち上がり答える 」。 やがて金日成から社会党団員に質問が飛ぶ。 「 あなたは何回朝鮮に来られたか 」という「 首領 」の「 ご下問 」に団員の一人である「 親朝派 」米田東吾( 衆議院議員 )は金日成の部下と同じく、「 すっと立ち上がって 」すぐさま、「 9回です 」と答えたという。 ( 河上民雄「 社会党の外交 」 )。 他国の「 偉大な指導者 」に畏服する公党代表の恭順な姿ではある。

小池百合子代議士のHPより
「 理由なき『 朝銀救済 』を糾す! 」(1999.8.19) コラム
 わが国に向けてテポドンを発射し、さらには再発射を目論み、領海内に不審船を侵入させても詫び一つよこさない極めて危険で異常な国家。 その国の財政を、こともあろうにわが国が政府の方策のもと支えているとなれば、これはどう考えてもブラックユーモアでしかないのではないか…。
 去る7月6日、衆議院大蔵委員会の理事である私は、チョウギン問題についての委員会質問を行なった。 といっても、昨年秋の破綻から債務超過問題、元副頭取の自殺など新聞の一面を今なお賑わせているチョウギン、日本長期信用銀行のことではない。
 朝銀、である。
 朝銀とは在日朝鮮信用組合協会傘下の信組の略称で、朝銀北海から朝銀東京、朝銀大分まで全国32の信組、170店ほどの支店を持つ、日本の金融機関のことである。 外資ではない。 バブル崩壊以降、銀行、証券、生保、大小さまざまな金融機関が経営不振に陥る中で、朝銀も例外なくその直撃を受け、軒並み不良債権額を膨らませていた。 しかしその窮状や破綻に関するニュースが全国紙やテレビで大きく報じられることは少なく、今回の私の質問も、予想通りというか、ほとんど取り上げられることはなかった。 長銀、日債銀などの邦銀のバブルの後始末については経営者陣の退職金や保有別荘についてまで、鼠一匹逃すまいと取材、追及が行なわれているのに、いざ朝銀問題となると、不勉強なのか、あえて目を背けているのか、とにかく無関心を決め込んでいるようだ。 いずれにしても、もし彼らが報ずるべきことを報じていれば、私が改めてここに小文をしたためる必要もなかったろう。
 しかしながら、この私にしても、かかる全国紙やテレビ局の姿勢を批判する資格はない。 自由党の同僚議員である西村眞悟議員に背中を押されるように、最近になってこの問題に手をつけ始めたのだから。 朝銀問題が取り上げたのは、今回の私の質問が初めてである。 これは国会議員全員の怠慢だ、と批判されても致し方がない。 ということで、今回は自省、猛省の念を込めての質問となった。  まず初めに強調しておきたいのは、この朝銀問題は、これ以上放置しておけばまさに日本国民の生命や安全、財産が脅かされる危険性を孕んだ、極めて大きな問題だということである。 その重大性においては、遥かに長銀問題を凌駕する面がある。 そこで、大蔵委員会での私の質問の内容を紙上再録しつつ、朝銀にまつわるさまざまな問題点を説明していくことにする。

朝銀大阪は適切に検査されたか

 最初に、朝銀大阪の破綻時の処理にまつわる問題である。
 97年5月に債務超過で破綻した朝銀大阪は、近畿五府県の朝銀信組と統合され、また日銀の政策委員会の議決も経て、98年5月に朝銀近畿として再スタートを切っている。 その際、預金保険機構から特別資金として3101億円が投入された。 もとは3159億円の請求がなされたが、ゴーイングコンサーンによる計算時と実際に処理された時との違いによって、差額が生じたと見られる。
 預金保険機構にプールされているお金は、各金融機関が支払っている年度毎の手数料である。 ひらたく言えば我々日本国民が金融機関に預けているお金の一部なのだ。
 問題は、その投入時の金融検査である。 信用組合の監督権限は各都道府県が有しているが、文字通り金融機関を監督する機関である金融監督庁、ならびにそれらを審査し、最終的に資金投入を実行した預金保険機構が一体どんな検査、審査を行ったか。 さらにはこの件について十分な情報公開をしていたのか。 かかる疑問をまず責任・担当者に質してみた。
 なぜこのような質問を行ったのか。 それは、朝銀大阪の幹部だった人物の、以下のような証言が巷間広く取り沙汰されていたからである。 「 私たちは預金をずっと金正日に流していたから、朝銀大阪が破綻した時には当然逮捕されることを覚悟していた。 逮捕されたら全てを話すつもりだったけれども、結局誰も調査に来なかった。 来なかったどころか、来たのは預金保険機構からの3100億円余りの贈与、プレゼントだった。 もちろん私も逮捕を免れた 」…。
 かかる証言は枚挙に暇がない。 もしこの証言が真実なら、実質的な調査、審査がほとんど行われないままに、3000億円以上の資金投入、日本国民のお金がつぎ込まれたことになる。 断じてあってはならないことだ。 是非とも真相を明らかにしたいと考えての質問であった。
 しかし、政府委員の答弁は木で鼻をくくったようなお粗末なものに終始した。
「 大阪府の管轄にあるから、直接の監督官庁ではない。 詳細は把握していない。 適切に資産確定の検査は行われたと承知している 」( 日野金融監督庁長官 )
「 検査権限を直接もっていないので、破綻公表の後の大阪府の清算検査を元に、買取り価格の妥当性などを審査し、大蔵大臣にご認定頂き、譲渡日にその資金を供与して不良債権は買い取った 」( 松田預金保険機構理事長 )
 ある意味で予想通りの答弁のオンパレードだった。 しかし、金融監督庁は、どこの管轄であろうと、わが国の金融機関の資産がいくらであるかについて算定する最終責任を追う機関であって、預金保険機構はいくら出せばその金融機関が救われるのかを決め、実行する機関である。 責任の所在は明確である。 各答弁者は無表情のまま「 管轄ではない 」「 権限がない 」といった形での責任のたらい回し、逃げ口上を続けたが、預金保険機構の金を誰の金だと思っているのだろうか。 まるで人ごとではないか。
 預金保険機構が「 預金保険制度は預金者にとってのラストリゾート 」( 預金保険機構のホームページより )と自ら名乗っているのであれば、誰にとってのラストリゾートなのかをよく考え、審査の過程などをきちんと情報公開すべきであろう。
 次回の大蔵委員会はこの朝銀問題に絞って開いてもよいと、私は考える。 横山ノック知事を含め、検査に当たったという大阪府庁の担当者などを参考人として招致したい。 ちなみに大阪府で本件を監督する担当者はわずか四人。 木津信金を初めとして、関東に先んじて次々と破綻した大阪の金融機関の処理をしながら、はたして朝銀大阪の破綻処理に際して、十分な調査、検査を行うことができたのか。 何よりも護送船団方式の下での監督責任など、あってなきがごとくだったと推察できる。 これまでの検査ノウハウは今回の処理に十分だったのか、疑問がある。 また破綻に至るまで放置してきた責任もまったくない、とはいえない。
 ちなみに同じ朝銀近畿に統合された朝銀兵庫の処理にあたった兵庫県庁で、当時の担当責任者にこの件を質したところ、最初は私の質問の意味さえ理解していないという表情だった。 むしろ、問題を迅速に処理したという達成感を漂わせていた。 架空口座が容易に作れること、担保価値を遥かに越える融資を行なってきたことなど、同じバブルの宴に酔ったとしても邦銀系とは大いに趣が異なることを強調すると、担当者は無言で天井を見上げた。

さらに1兆円も投入?

 この朝銀大阪の問題は、けっして過去の問題ではない。 それどころか、いま現在進行中の全国の朝銀再編問題と密接に関わってくる問題なのである。
 5月の第3週、全国の朝銀信用組合のうち朝銀東京、愛知、福岡など13信組が次々と破綻を発表したが、その処理はいわゆる「 朝銀大阪方式 」で行われる予定になっている。 例えば5月14日付けの文書「 朝銀愛知信用組合の事業譲渡について 」には、朝銀岐阜、三重、静岡、石川、富山が合併して朝銀東海を作り、これに( 破綻した )朝銀愛知と朝銀福井が事業譲渡をする、とある。 また、預金保険機構の報告書にある「 預金保険制度を活用した処理予定案件一覧 」には朝銀神奈川、埼玉、茨城、栃木、群馬が合併して朝銀関東を作り、これに( 破綻した )朝銀東京、千葉、新潟、長野が事業譲渡する、とある。 他にも朝銀北海、朝銀岡山が、同様の方式で作られ、最終的には朝銀近畿を含め、全国で五つの朝銀信組に統合されることになる。
 実は、先述した「 朝銀大阪方式 」というのが、くせものなのである。 外形的な合併、譲渡の手法を指しているならともかく、朝銀関係者内部で「 朝銀大阪方式 」を、「 チェックも検査もフリーパス状態の甘さだから、不良資産額を水増し請求してもバレやしない 」といった意味を込めた記号となると、看過するわけにはいかない。 試算によれば、これらの朝銀統合にあたってはさらに1兆円規模の資金投入ではと見込まれている。 それに加えて「 水増し 」も「 フリーパス 」だとすれば、1兆円以上だろうか。
 再編の共通項は、全国での最大規模の大阪朝銀を破綻させ、不良債権額を膨らませたうえで朝銀近畿という新しい受け皿に3101億円を注ぎ込ませたように、全国で地域で最大の朝銀を破綻させることだ。 損して、得取れの図式がくっきりと浮かび上がる。
 他にも全国の朝銀は今、さまざまな方法で不良債権の額を大きくしようとしていると言う。 先日、北朝鮮系商社としては最大手だった東海商事が67億円の負債を抱えて倒産したが、ジャーナリストの野村旗守氏は“計画倒産”の疑いがある、と指摘する。 東海商事がここ五、六年抱えていた負債のうち50億円は、92年の故金日成主席生誕80周年祝賀行事のために、朝銀東京から無担保で貸し出された50億円がそのままコゲついたもの。 この50億円は首領様から国民へのバースデープレゼントに化けたと言う。 そして、本来は松茸という現物で東海商事に支払われるはずであったが、なぜか松茸は来なかった。 通常ならば総聯の威信にかけても救済すべきなのに、そうしなかったのは、朝銀東京の不良債権額引上げのために、この50億円をうまく利用したから、というのである。
 もしそうであるばらば、こんな出鱈目を手をこまねいて見ていることだけは、何としても避けなければならない。 そのためにも、これからのモデルケースとなる朝銀大阪が破綻した時、一体何が行われ、何が行われなかったのか、今こそ白日の下にさらす必要がある。 日本国民の虎の子が北朝鮮に流れ、首領様のプレゼントに化けるだけでなく、テポドン開発に協力し、領収書替わり完成したテポドンが日本に飛んでくるとすれば、これ以上の馬鹿げた話はない。
 ちなみに破綻した朝銀東京の検査を行うのは東京都である。 先日、都庁に赴いて改めての厳密な検査要請を行った。 唯一無二の実行力をもつ石原慎太郎都知事には、ぜひその豪腕をふるって、徹底的な検査、調査を行なっていただきたい。 そのためにも東京都は検査のプロを雇うべきである。

学習組とは何か

 次に行なったのが、朝銀愛知を相手取った民事訴訟で明らかになった「 学習組 」の件と、いわゆる送金疑惑についての質問だった。
 ある民事訴訟とは、大阪の総聯系の商社・東明商事の代表取締役・朴日好氏が朝銀愛知に預けた60億円余りの預金のうち、十数億円を横領されたといわれるものである。 この事件はジャーナリスト・野村旗守氏の『 北朝鮮「 送金疑惑 」…解明・日朝秘密資金ルート 』( 東洋経済新報社 )に詳しいが、訴訟の過程でさまざまな事実が明らかになっている。 ( ちなみにこの本はある出版社から出版予定であったが、輪転機を回す直前に突如中止となった曰く付きの本である )
 なかでも重要なのは、総聯内の非公然組織「 学習組 」と朝銀愛知内の「 実質的な最高意思決定機関 」である「 学習組指導委員会 」の存在が法廷という公の場で初めて明らかにされたこと、そして北朝鮮への献金の一端が明らかになったこと、である。
 まず、学習組について、どのような認識を持っているかを公安調査庁に質したところ、「 朝鮮総聯中央、地方組織参加団体の中に設置されている非公然組織である。 組員数は5千人とみている 」との答えが返ってきた。 しかし、これではまったくもって不十分である。
「 学習組 」は朝鮮労働党の在日組織で、対南非公然活動、すなわち対韓国秘密工作を行なう一種の実行部隊であって、その組員たちの幹部で構成される「 学習組指導委員会 」は所属組織の意思を決定する力を持っている。 内部にも組織の秘匿を徹底している学習組は総聯の組織防衛の生命線ともいえよう。 さらなる調査が必要なことは言うまでもない。
 また、この訴訟では、朴氏が朝銀愛知に預けた資金の相当部分が、「 愛国事業 」すなわち北朝鮮への献金作りのための事業、地上げ代金などとして使われていたことも明らかになった。 朴氏の了解を得ての運用とはいえ、日本の金融機関が他国への献金を作るために預金を運用していることは事実である。 最も、日本の金融機関と、表向きの事実を記してももはや仕方がないのかもしれない。 現に総聯発行の冊子には、朝銀は総聯の傘下団体である、と堂々と記してある。 彼らとしては、むしろ当然の活動といってもいいだろう。 問題は、それらを知りつつ何も手を付けようとしない日本政府の態度にある。 さらには彼らの活動を直接、間接にバックアップしてきた政党、政治家がいることこそがもっと重大な問題だ。
 実は、私の今回の質問の中での一番のポイントだったのは、この朝銀問題を糸口にして、北朝鮮への献金、送金の実態を政府がどの程度把握しているか、そしてその情報を開示する気があるかを確かめることであった。 全国の朝銀信組が、足利銀行などを通じて、あるいは現金で、献金を北朝鮮に送っていることは疑いようのない事実である。 バブル崩壊によって、いわゆるピョンヤンマネー、日本から北朝鮮への送金額が減じていることは確かだが、一説には年間600億円、あるいは1000億円とも言われる。 93年には当時の羽田外相が日本記者クラブの会見で、2000億円といった数字を認めたこともある。 今回は、現在の北への送金額を公安調査庁がどの程度に見積もっているかを質してみたが、確たる回答は得られなかった。
 いっぽう、足利銀行などを通じた送金額について、大蔵省に質したところ、平成8年度の数字で28億6千万円という「 表 」の金額しか回答がなかった。 北への表の送金ルートとして知られる足利銀行は、大阪で700億円という多額の債務を残して破産したインターナショナル堂島ホテルの件にも絡んでおり、表の話だけでないことをこの際、記しておこう。
 予定答弁を淡々と読み上げるだけの官僚答弁は予想通りで、落胆はない。 むしろ金融のグローバル化、ボーダレス化に伴い、外為法の改正が行なわれたことが、彼らの仕事をやりにくくしていることも事実である。 究極的には納税者番号制導入が最後の砦となるだろう。
 ただ、北への送金問題はある種“パンドラの箱”と化してしまった感がある。 一種のタブーとされてきた。 その中に何が蠢いていようと、いずれは箱を開けなければならない。 その覚悟を、少なくとも国会議員として持っていることを示しておきたかった。

万景峰号問題

 そして、これもまたずっと“パンドラの箱”状態にあるのが、月二、三回北朝鮮の元山港と新潟港を往復する連絡船、万景峰92号の問題である。 私はこの万景峰92号こそが、堂々と入港してくる不審船ではないか考えている。
 理由は大きく分ければ以下の二点である。
 まず、テポドンをはじめとするミサイルや潜水艦など、北朝鮮製の兵器に使われている部品の多くが日本製品であることは、月刊誌『 文藝春秋 』九九年八月号に掲載された『 議員告発「 北朝鮮兵器 」日本企業リスト 』( 浅尾慶一郎・山本一太 )でも明らかにされた。 それらハイテク製品がこの船によって北朝鮮へと持出され、結果的に北朝鮮群や兵器開発を支えていることが第一の点だ。 これは韓国に亡命した軍人の証言からも明らかになっている。
 そしてもう一点は、昭和46年に在日朝鮮人が北朝鮮への親族訪問が再開されて以来28年間もずっと、この船が現金や物資をひっきりなしに北朝鮮に送り続けられ、それも、手荷物に隠すなどといった不正な手段が取られていることである。 この話についても、枚挙に暇がないほどの証言が存在する。
 委員会では新潟港での税関のチェック体制についての質問を行なった。 「 警察や海上保安庁などの関係取締機関との連携によって、厳重に警戒している 」「 旅客の携帯品や貨物についても必要に応じ開披検査を行なっている。 万全を期している 」との回答はあった。 事実、新潟に停泊中、ずっとわが国の監視船が万景峰92号を取り巻き、あらゆる動きをチェックしているというが、実際に現場を知る人間の報告によれば、実態は極めて手薄だという。
 このように、単なる連絡船ではない万景峰92号の航行をこれ以上放置し続けることは、わが国の国益上断じて許されない。 高知県知事の橋本大二郎氏は「 非核港湾条例を制定しよう 」などという地方自治と国益との関係をまるで履き違えた提案をしていたが( 議会で否決 )、ならばこの際、新潟県知事には、万景峰92号の港湾使用権を拒否するよう、是非ご一考いただきたいものである。
 自国にとって脅威となりうる存在の動向は、ありとあらゆる方法を使って徹底的に調査するのが通常の国家の姿である。 現にアメリカは、アフリカの米大使館爆破事件の中心人物、ウサマ・ビン・ラーディン氏の活動資金ルートを徹底的に洗った結果、UAE( アラブ首長国連邦 )の政府系銀行から支援を受けている可能性を掴んだ。 現地調査も開始したとのことである。 議会も調査権をフルに使って、問題を洗い出す。 ドイツ議会ではリビアの毒ガス兵器開発に自国の原料が使われた旨の問題で、紛糾したこともある。
 万景峰号は明らかに、北朝鮮の活動資金ルートの一翼を担っている。 その詳細について精査を加えることは、国家として当然の行為なのではないか。

五箇条の御誓文

 それにしても、総聯絡み、朝銀絡みとなると、どうも我々は腰が引けてしまうようである。 朝銀大阪の検査しかり、万景峰号の監視もしかりである。
 もう一つの例として、昨年11月に新聞紙上でも報じられた“五箇条の御誓文”の件も改めて委員会の席上で取り上げた。 これは、23年前に当時の社会党衆議院議員が仲介をし、国税庁と総聯の傘下団体、在日朝鮮人商工連合会( 朝鮮商工連 )の間で取り交わされたとされる五項目の合意のことである。
 その五項目とは以下の通りである。

1.朝鮮商工人のすべての税金問題は、朝鮮商工会と協議して解決する。
2.定期、定額の商工団体の会費は損金( 必要経費 )として認める。
3.学校運営の負担金に対しては前向きに解決する。
4.経済活動のための第三国旅行の費用は損金として認める。
5.裁判中の諸案件は協議して解決する。

 これらの合意に基づき、商工連は団体交渉権の成立を主張、確定申告や税務調査への対応は原則として個人で行なわず、商工会を窓口にして行なっている、という。 つまりは、商工連の印鑑さえあればノーチェックで必要経費として通してくれる、などという話は、総聯を少しでも知る人間ならば皆知っていることである。 国税庁は不満そうな顔付きで「 特定団体とのいかなる合意も存在しない 」と合意そのものの存在を真っ向から否定した。 それは、そうだろう。 そんな不公平を明らかにしたら、真面目な納税者が反乱を起こす。
 しかし、国税庁がどんなに否定しても、相手である商工連の梁守政氏は「 絶対に既得権は守る 」と高らかに宣言し続けている。 これはいったい、どういうことなのか。 そもそも基本的に、彼らには納税の義務感がない。 日本に納税するよりは、肉親、親戚のいる北への送金こそが愛国事業と考える。  わが国の真面目な中小零細企業に対し、長時間かけて税務調査が入り、御土産と称してなにがしかの追加徴税を行なう税務署だが、相手が束になってかかってくると急に気弱になるようでは、フェアではないし、大局的な国家のコストとして、割りが合わないではないか。

変わる在日の意識

 今回の質問を行なった直後、地元・兵庫県の支援者から「 あんな過激な質問をして大丈夫なのか 」という声を頂戴した。 北朝鮮・総聯に関わる問題を取り上げたことによって在日朝鮮人の方々の感情を害しやしないかとマイナス面を心配してくれてのことだった。
 そもそも、私の地元は、南の民団に所属する人も、北の総聯に所属する人もあわせて朝鮮半島の人々が多数居住する地域である。 地方参政権問題で、南からは推進、北からは阻止と、南北入り乱れての陳情も受けている。 地元の総聯幹部は私のテレビ時代からのファンということもあって、親しく話もするし、経済セミナーにも参加してもらっている。 個人的な恨みなどはない。 問題は北の政権と、今後の動きである。
 ここ数年ほどの動きを見ていると、以前は熱心に北朝鮮へ資金を送ったりしていた普通の在日の意識が徐々に変わってきているようだ。 あれだけ祖国を思い、祖国発展のために働いて得たお金の幾ばくかを送金しているのにもかかわらず、昨年夏、金正日様は我々の住む日本に向けて、ミサイルを発射したじゃないか。 これは一体どういうことなんだ…。 彼らの気持ちは日々揺らいでいる。 世代交代の影響もあるだろう。  30分間に渡る大蔵委員会での私の質問の間、自民党議員からは「 そうだ、そうだ 」賛成の野次が飛んだ。 ある議員は「 大変感動しました 」と書いたメモを質問の直後によこし、またある議員は「 本当にもう3000億円が注入されちゃったの? 」と確認にきた。 旧社会党の民主党議員からは「 勇気があるなあ 」と声をかけられた。
 私はこの問題を無邪気に扱う気はない。 これほどの問題を誰も取り上げずに、看過してしまっては、何のための国会議員かと思うからである。 最近の金融危機以来、永田町は豆腐屋よろしく、1兆、2兆と大判振る舞いが続いているが、だからこそ神経を過敏にしなければならない。
 今回、国会においてやっと朝銀問題の論議を開始することができた。 私の所属する自由党では、党内に北朝鮮対策本部を設置し、人( 拉致問題 )、もの( 兵器輸出、万景峰号 )、金( 朝銀 )の側面からさらに追及を強めることとしている。 わが国の基本的な問題が問われているのだ。


警察の行った「 朝銀の資金不正流用問題 」捜査で、社会民主党( 旧社会党の本流 )副党首渕上貞夫参議院議員と 金子哲夫 議員が朝鮮総聯に同調して、日本警察に対し「 捜査の名を借りた人権侵害、民族差別である 」と厳重抗議。

平沢勝栄代議士の名言 : 『 社民党は北朝鮮の族議員だ 』