大日本史番外編 「朝鮮の巻」
「三国人」 は差別語か


 戦前・戦中に植民地から日本内地へやってきた朝鮮人が、 戦後、敗戦国日本、戦勝国連合国と、立場が二分したときに 日本と合併された朝鮮は 自らが敗戦国のグループの一員となることを心情的に拒否し、 「我々は第三のグループであり、第三国の人、すなわち三国人」 自ら名乗った のがはじまりなのだ。


 『第三国人の商法 -日本人禁制の秘密を明かす-』 おぉ~、すごいタイトルの本があったものだと思うだろう。
 「戦後焼け野原となった土地を不法占拠して、日本人の弱みにつけこみ闇市でボロ儲けした経緯が、白日の下に晒されているのか」 とお思いだろう。 しかし内容は、在日の成功商売であるパチンコ店、焼肉屋などの経営ノウハウを紹介したもので、闇市の話などは一切出てこない。 この在日韓国人の著者にとって 「三国人」 という言葉は、成功者というイメージのある言葉で、蔑称であるとの認識はいささかも感じていないようだ。 この本が書かれた時代は差別語ではなかったのである
「第三国人の商法 -日本人禁制の秘密を明かす-」
  林浩奎( イムホーギュ ) 昭和48年( 1973 ) KKベストセラーズ( ワニの本 )

 ( 著者の定義する第三国人、まえがきから )
 第三国人とは、すなわち“祖国を離れ、常に祖国の発展と近い将来の帰国を夢みながら、異国の厳しい環境の中で、激しいビジネス競争に身を置き、力強く生活を営んでいる” 民族の集団である。 だから日本人のいう第三国人とは、日本で戦前戦後を通じて生活している在日韓国人、在日台湾、中国人などを総称していう言葉である。 彼らの大多数は第二次世界大戦前後の世界の混乱した状況の中において、日本での成功を夢みて海を渡ってきた人たちである。

 【 裏表紙の著者自身の広告から ( 著者は1943年大阪生まれの在日韓国人経営評論家 ) 】
 本書は、過去数十年間、私の仲間達で公開することが禁じられていた現金商売の実践体験学である。 それだけに私は、本書の刊行を何度もためらった。 しかし、あまりにもニッポンのサラリーマン諸氏が、われわれの一世や二世の商法を知りたがっているので、仲間から恨まれることは覚悟して、あえて公開に踏み切った。 本書には、第三国人と称せられている人物が、異国という悪条件の下で、ハダカ一貫から日本の夜の街を支配するまでに至った、数々の教訓がつまっている。 この彼らも十年前までは、あなたと同じスタートラインに並んでいたのだ。 躊躇することなく一気に読破してみよ。 必ず、随所に彼らの商法の真髄を読み取ることができるはずだ。 この本を手にとったあなたはすでに大富豪へのパスポートを99パーセントとったも同然、あとの1パーセントはあなた自身の “決断” にかかっているのだ。

 以下は民族差別をあおる表現だとして、 「民族差別と闘う団体」 等から糾弾されたものである。 この時期は 「三国人」 という言葉そのものより描写内容を問題としていた。
「朝鮮人差別とことば」 内海愛子、梶村秀樹、鈴木啓介編 1986年 明石書店

◆「少年サンデー」 1970年8月30日号 梶原一騎原作 「おとこ道」
『最大の敵は、日本の敗戦によりわが世の春とばかり、ハイエナのごとき猛威をふるいはじめた、いわゆる第三国人であった!!』
『殴られる前に殴るんだ 三国人どもを』

◆「ヤングジャンプ」 1980年10月 手塚治虫原作 「どついたれ」
『ここはこれからタップリ血だまりができるんだ。 三国人との決戦でェ!』
『三国人とのでいり』
 といった言葉がひんぱんにでてくる。

◆「朝日新聞記者の証言5」 1981年8月 朝日ソノラマ発行
 第三国人が、
『いかに法を無視し、警察を軽視していたか』
『彼らの一部には、治外法権があるような優越感をいだかせ、社会の混乱に乗じて徒党を組み統制物資のヤミ売買、強・窃盗、土地建物の不法占拠などの不法行為をほしいままにし、戦後の混乱を拡大した』
『覚せい剤、密造酒となると、これは第三国人の独壇場といった感があった』
 第三国人という呼称は 『今やまったくの死語になった』 と書いている。

◆「ビッグマン」 1983年1月号 ダイエー中内社長のインタビュー
『その当時は( 神戸が )第三国人に支配されていまして ……』

◆「中内功の限りなき挑戦」 1984年5月 大下栄治著 講談社発行
『当時、神戸のブラックマーケットではいわゆる “第三国人” と呼ばれていた中国人や朝鮮人が幅をきかせていた。 「戦勝国民」 という腕章をして、暴れ放題 ……』
 ほとんど死語となっていた 「三国人」 という言葉を差別語に指定したのは、三国人と呼ばれた 戦後の在日コリアンの不法行為を隠蔽したい勢力が、差別語とセットにして言論の場から消し去ろうとしたためだろう。 まさに言葉狩りである!