( 2014.03.08 )




 スポーツライターの玉木正之氏は、IOC委員は特別に一国の法的規制を受ける存在ではないため、誰かから 「プレゼント」 を受け取っても、それが 「収賄罪」 に問われることはない( ただし贈賄側は、その金品の出所によっては 「贈賄罪」 が問われることになる )と前置きしつつ、こう述べている。 「現在の “流行” は、大学の名誉学位と、勲章だという。 つまり何か( たとえば開催地の決定や、競技種目の決定など )の投票権を持つIOC委員に対して、ある国が有利になるよう働きかけたいと思えば、その国の勲章や、一流大学の名誉博士号を贈る。
 国によっては、それらに賞金や年金や研究費が付随している場合が多く、IOC委員には元一流スポーツマンや、事業家、大学教授なども少なくないから、たとえばスポーツ競技普及への貢献に対して勲章を贈ったり、体育学名誉博士号やスポーツ経済学名誉博士号を贈ったりすることに対して、誰も禁止することはできないし、誰も止めることはできない」 ( 「ノーボーダースポーツ」 )
 ロゲ会長( 当時 )が文大成氏の論文剽窃問題について、 「大学側の決定を待つ」 と、事実上の 「処分保留」 発言をしたのは、その翌年のことだ。
 トーマス・バッハ会長と韓国・北朝鮮の縁は、さらに時を遡る。1998年、当時執行委員だったバッハ氏は、IOC特使の資格で北朝鮮平壌を訪問。 その後、1999年~2011年に3度、韓国を訪れ、その成果を彼自身がインタビューでこう語っている。
 「平壌にIOC代表団の一員として訪れた年のシドニー( 夏季 )オリンピック( 2000年 )で、南北共同入場を成功させたのは、最も感動的な瞬間のひとつ」




 2013年、IOC会長に就任後も、2ヵ月後には韓国を訪れて朴大統領と会談。 この席には金正幸大韓体育会長はじめ、平昌冬季五輪招致委員らも出席しているのだが、この訪韓中、くだんの文大成氏とも、にこやかに会話を交わす様子が報じられた。
 そしてこの訪韓直後、スイス・ローザンヌで開かれた 「IOC倫理委員会」 を経て、バッハ会長就任後初の総会で、文大成氏の論文盗作問題を 「一時不問とする」 結論を出したのだ。 理由は、 「当該大学( 国民大学 )に剽窃調査結果を送ってほしいと何度も要請したが、何の回答も得なかった」 というもの。
 「倫理委調査は中断するが、新たな証拠が明らかになれば再開できる」 と含みを残してはいるが、バッハ氏に本当にこの問題を追及する意思があれば、訪韓時に大学側の意見を聞くことは充分に可能だったはずだ。
 にもかかわらず、 「一時不問」 の結論を出したのは、バッハ氏と韓国との間で何らかの交渉があったからだとみるのが、むしろ自然だろう。
 しかもバッハ氏の発言は、それより1年以上も前の韓国国内メディアの報道と矛盾している。 当時、複数の韓国紙がこう報じている。
 「国民大学の研究倫理委員会は確認プロセスを終え、文大成氏の博士論文は、明知大大学院に提出された別の博士論文から剽窃されたものと認めた」
 評論家の陳重權氏によれば、その論文は盗作どころではなく、全体の3分の2以上にわたり、誤字までを丸写しした 「コピー」 といって差し支えない杜撰なものだったという。
 さらに、韓国記者協会のカン・ジェフン記者は、協会サイトに以下のようなレポートを寄稿している。
 「文大成の修士論文は、博士論文と同じく剽窃疑惑を受けていた」
 「国民大は、本調査までを経て論文剽窃が事実であることを確認したのにもかかわらず、文大成の博士学位を取り消さすにいる。 IOCが文大成の選手委員資格を奪することを憂慮していると、ある大学関係者は話している。 龍仁大学もやはり、文大成と李元熹の修士学位についての論文剽窃検討手続きを踏んでいない。
 記者の度重なる問い合わせに、・内部通報制限・規定を削除したと言うだけで、政界の顔色伺いは相変わらず続いている。 そして、ついに会うことができなかった龍仁大学の金正幸総長。 彼は大韓体育会の首長である大韓体育会長に就任した。 私たちの大学と体育会は今後、学生選手たちに正々堂々とした勝負を教えられるのだろうか? 大韓民国体育界の恥ずかしい素顔だ」
 大韓体育会( 英名 Korean Olympic Committee = KOC )とは、韓国のスポーツ競技団体を統括する組織であり、大韓オリンピック委員会もこの組織内にある。 つまり、大韓オリンピック委員会こそが、文大成氏の論文剽窃問題を隠蔽している当事者だと言える。




 大韓体育会には、文大成氏をIOC選手委員の地位に留めておかなければならない切実な理由があった。
 現在、韓国人でIOC委員を務めているのは、サムスンの李健熙会長と文大成氏の2人だ。
 IOC委員は、一国につき4人までと決まっている。 一人はどこにも属さない個人、一人はアスリートから。 一人は国際連盟の会長として、一人は国内オリンピック委員会NOC( 韓国ならKOC )から。
 「李健熙と文大成はそれぞれ最初の2つのカテゴリーに属し、韓国は 『 どこにも属さない個人 』 と 『 現役アスリート 』 のIOC委員を擁す。 NOCカテゴリーから一人増やすのは難しい」
 IOCの元メンバーで元国際柔道連盟会長の朴容晟氏は、 「もっとIOCメンバーが増えれば、よりよい韓国のスポーツ外交ができる」 と語っている。
 文大成氏の任期は2016年までで、そのポストには他の数人のアスリートが立候補を表明しているが、資格が得られるのは2016年からだ。 「( 引退後は )IOC選手委員に向かって挑戦する」 と発表したフィギュアスケートの金妍兒キムヨナに至っては、2018年にしか立候補できない( エントリーの必須条件は、直前のオリンピックに出場したことだから )。
 つまりいま、文大成氏がIOC委員の座を奪われることになれば、韓国が保有している 「アスリート枠」 が空白となってしまう。 これは2018年に冬季オリンピックの自国開催を控え、さらにテコンドーを五輪正式種目として残したい韓国にとっては看過できない事態だった。
 事実、韓進グループの会長・趙亮鎬氏、サムスンエンジニアリング社長の金載烈氏は、ともにKOCの副会長。 さらに、韓国最大の教育会社である大グループの姜榮中氏は国際バドミントン連盟会長になるなど、IOC委員への名乗りを上げる財閥トップは後を絶たない。




 韓国がいかにIOC委員の獲得に執念を燃やしているかが窺える事実は、ほかにもいくつかある。
 2009年に李健煕氏が脱税・横領で有罪判決を受けた際には、時の李明博大統領が特赦している。 「平昌冬季五輪を誘致するためには、IOC委員である李健煕氏の活動が欠かせない」 というのが表向きの理由だった。
 3回目の立候補で、2018年冬季五輪の開催都市に平昌( 韓国 )が選ばれたのは、この2年後の2011年のことだ。
 さらに2008年の 「韓国メディアニュース」 には、興味深い記事が掲載されていた。 柳仁村韓国文化体育観光部長官が 「文大成氏のIOC委員の選出過程には、国家予算が2億ウォンあまり使われた」 と発言したのだ。
 「テコンドーがオリンピック種目から抜けないようにするために、私たちが努力してきたことの表れだ。 しかしいまの発言が、あたかも政府が自ら出て行き、IOCにロビー活動したように速記録されているならば削除していただきたい。 IOCに知られて問題になれば、テコンドーがオリンピック種目から抜け落ちてしまう」 とも語っている。
 文化体育観光部関係者は、 「選手個人の知名度に限界があるから、各国でこういう方式で選手委員候補への間接支援をしている」 とし、 「( 報道された場合 )文大成氏のIOC委員資格が剥奪される可能性を排除できないので、国益次元で言論が助けてくれると良い」 と、繰り返し 「協力」 を要請した。
 IOC委員の擁立は、まさに国家を挙げての一大プロジェクトなのだ。
 さらに韓国内のIOC委員をめぐるゴタゴタには、もうひとつの思惑が絡んでいる。
 コリアタイムズ( 2012年4月30日 )は、 「CEOはIOCのポストを争いあう」 というタイトルで、スポーツ外交官を自認する韓国の財閥トップたちが、IOC委員の座を激しく争う現状を伝えている。 記事によれば、あり余る財力を手にした財閥のトップや御曹司たちにとって、いまやIOC委員の座は 「究極の名誉職」 なのだという。
 IOC委員は、IOC総会でオリンピック誘致や種目を維持するかどうかなど、主要懸案に対する議決権を行使できるうえ、全世界で国賓級の扱いを受ける。 彼らが他国を訪問する際は、どの国でもビザなしで最優先に入国でき、滞在先のホテルにはIOCの旗が掲げられるという。 たしかに、こればかりは 「金では買えない究極の名誉」 と言えるだろう。
 そのため、財閥のトップがメダル有望なアマチュアスポーツに投資してその国際連盟会長になる、あるいはKOC委員になる、というのがここ数年のトレンド、というわけだ。




 では、韓国に対して優位な立場であるはずのIOC会長のバッハ氏が、韓国にいささか 「甘い」 とも言える処分を下す理由は、どこにあるのだろうか。
 これについては、バッハ氏自身の発言にヒントが隠れていた。
 彼は昨年11月の訪韓時、平昌冬季オリンピックの際に、南北合同入場を考慮しているかとの記者の質問に、 「まだ話す時期ではない」 と述べつつも、 「スポーツは壁でなく架け橋にならなければならないというのが私の信念」 とし、 「統一を成し遂げたドイツ出身ということもあり、私も南北関係の状況には深い関心を持っている。 スポーツを通じて相互協力を増進させることができるように願っている」 と話した。
 北朝鮮の金正恩第一書記の主導で来月完工予定の馬息嶺スキー場については、 「それについて私からコメントするのは難しい」 と笑った( 中央日報日本語版2013年11月22日)。
 中央日報はこの言葉を受け、 「オリンピック憲章上、南北共同開催は不可能だが、南北合同入場、あるいは一部種目で単一チーム構成は可能だ」 と綴っている。
 平和の祭典であるオリンピックで、2000年のシドニーオリンピックに続く 「分断国家の合同入場」 が成功すれば、それはIOC、ひいてはバッハ会長にとって大きな成果となるはずだ。
 そもそも平昌は、冬季五輪が開催できるほどの降雪量は期待できないと言われている。 圧倒的に雪が多いのは北朝鮮だ。 平昌オリンピックへの北朝鮮による協力について、すでに水面下で交渉が始まっているのでないだろうか?
 前述した金妍兒には多くのスポンサーがついており、その筆頭としてはサムスンがよく知られている。 IOC委員立候補を目論む金妍兒とIOC委員の李健煕会長率いるサムスンは、平昌五輪招致でもともに活動を行ってきた。
 実はもうひとつ、注目すべき会社がある。 ジュエリーブランド 「J・エスティナ」 を擁し、時計を販売するロマンソンである。
 「J・エスティナ」 はバンクーバーオリンピックの際、金妍兒が競技中および記者会見時も同ブランドを身につけていたことから、 「五輪憲章違反」 が問われたブランドだが、その親会社であるロマンソン会長・金基文氏は、2009年まで統一顧問を務めていた人物なのだ。
 統一顧問とは、南北朝鮮統一のための政府組織で、その役割のひとつに 「( 南北 )統一問題と関連した国内外の世論を作りだし、合意を誘導する」 というものがある。
 さらに、ロマンソンは北朝鮮の開城に工場を持っており、南北関係の改善はその株価に影響を与える。2014年1月2日の韓国フィナンシャルニュースでは、金正恩の 「南北関係の改善を期待」 という発言によって、ロマンソンの株価が10%上昇したことを伝えている。
 IOC委員立候補を視野に、オリンピック誘致のために国家プロジェクトのアイコンとして活躍する金妍兒。そのスポンサーであり、 「南北統一」 という国家プロジェクトにかかわるロマンソン会長・金基文氏。 娘婿・金在烈氏と金妍兒という、いわば 「身内」 がIOC委員に立候補しているサムスン・李健煕会長。 そして、平昌オリンピックでの功績により、さらなる実績と名誉を得たいバッハ会長。
 点在するそれぞれの思惑が、ひとつの線に結ばれてはいないか。




 2012年のロンドン五輪では、サッカー日韓戦後、政治的メッセージを掲げた朴鍾佑選手に対し、IOCはさしたる処分もなしに銅メダルを授与した。
 2013年、苦戦するレスリングを尻目に、オリンピック正式種目として留まったテコンドー。 韓国紙・文化日報は、 「投票した14理事のうち、3人が韓国で名誉博士号を得るなど “半分が親韓派”」 と報じている。
 そして昨年9月、Yahoo!ニュースは 「IOCは日本に対し、東京五輪の放映権は、2018年の韓国・平昌とのセットでの買い取りを求めるとみられる」 と伝えている。
 「ジャパンコンソーシアム( JC )」 で長らく交渉に携わってきた関係者の予想買い取り価格は、 「2大会合わせて400億円程度」。 とはいえ、交渉開始の段階では、IOCが1000億円程度は吹っかけてくると見る関係者もいる。
 五輪の放映権料の支払い配分はNHKが7~8割、民放連が残りの2~3割を負担する。 去年のロンドンは、民放各局全体で数億円の赤字だった。 一部の局からは、 「今後は五輪中継からの撤退を検討しなければならない」 との声も上がったという。
 NHKの放映権料の原資を辿れば、国民からの視聴料だ。 雪の不足や資金不足で開催すら危ぶまれる平昌オリンピック。 放映権料が払えそうにない韓国の分まで、日本が負担を強いられることになりかねない。
 韓国に対するIOCの優遇ぶりと比較すると、あまりに不遇ぶりが際立つ日本。
 我々は、そろそろ本気で怒ってもいい時期なのではないだろうか。