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( 2019.08.22 )

 
   文在寅政権はとにかく異常だ!


 日韓関係が悪化している。

 いや、 「関係悪化」 などという、なまやさしいものではない。 「関係悪化」 では、どっちもどっちの響きがある。 本当のところは、文在寅政権がとにかく異常で、国際法の原則を踏み外しており、一方的にさまざまな問題をひき起こしているのが実態だ。

 とは言え、対応を誤ってはならない。 感情的になるのが、特にいけない。

 政府も国民もこの際、国際法の原則を、いちからおさらいしよう。そして、正しく行動しよう。


 国際法の 「原則」 をご存じか

 まず、国際法の出発点は、国家である。 インターナショナル(international)は、国民国家(nation state)がいくつもある、という意味だからである。

 さて、国家の正しさ。国家はなぜ、正しいのか。 日本国はなぜ存在してよいのか。 大韓民国は、アメリカ合衆国は、… なぜ存在してよいのか。

 ある国家が存在しているとは、領土があって、国境が決まっていて、国民がいて、政府があって、統治を行ない、法律を実施し、治安を保ち、経済が機能し、国民生活が維持されていることである。

 そして、国家の存在が正当であることは、相互承認によって決まる。

 日本国が、正当なのは(いまの日本国であってよいのは)どうしてか。 それは、相手国が日本を承認しているから。 では、相手国が、正当なのはどうしてか。 それは、相手国にとっての相手国(日本国を含む)が、相手国を承認しているから。 これは、ぐるぐる回りである。 要するに、互いに正しいと承認し合っているのである。

 キツネにつままれたように、思うかもしれない。 だが、よく考えてみると、こういうやり方以外に、国家の正しさを証明できないことがわかる。 国際関係の、本質である。


 国家はなぜ 「戦争」 するのか

 だから、国家にとって、ほかの国家に承認してもらうことは、とても大事である。

 たとえば、中華人民共和国は、建国からしばらくのあいだ、なかなか各国に承認されなかった。 イギリスが早めに承認してくれたので、助かった。

 国家と国家は、承認しない → 承認する → 国交を結ぶ(外交代表部をおく)→ 基本条約を結ぶ → 同盟を結ぶ、の順番で関係が深まっていく。

 逆に対立が深まると、戦争になる。

 国家は、しばしば紛争を起こす。 領土をめぐる領土紛争。 国境をめぐる国境紛争。 貿易紛争。 昔は王位継承戦争や、宗教戦争などもあった。 国家は、軍事力をそなえている。 交戦権があるので、戦争ができる。

 戦争は、破壊である。 人員や兵器、社会インフラを破壊する。 いつまでも破壊を続けるわけには行かない。 停戦し、そのあと平和条約を結ぶ。 平和条約は、戦争のピリオドであって、戦争のあとの国際秩序の土台となる。

 世界はこれまで、数多くの戦争を経てきた。 そのたびに、平和条約を結んだ。 それでもまた戦争になった。

 平和条約を結ぶのは、戦争の原因となった、紛争を解決するためである。 そこで、平和条約には、国境がどこにあるか(両国が国境を接している場合)、賠償金をいくらにするか(敗戦国が戦勝国に支払う)、そのほかの紛争の解決策、を書き込んでおく。

 そして、この条約に書いてあること以外、相手国に請求すべきことはありません、ともはっきり書いておく。 さもなければ、平和条約の役に立たないからである。 平和条約は、戦争の勝負がついてすぐ結ぶ、降伏条約とは違うことに注意しよう。

 平和条約を固く守ることは、調印した国々の義務である。 平和条約を守らないことは、即、戦争を意味する。 平和条約は、重い。 平和条約は、平和の基礎であることを、よくよく理解しなければならない


 よくわかっていない指導者

 条約に従う義務は、しばしば、憲法に従う義務以上のものである。 このことは、学校でよく教わらないけれども、とても重要である。

 憲法は、大事である。 しかし憲法は、国内の問題である。 憲法は、改正できる。 政正すれば、元の憲法には拘束されなくなる。

 これに対して、条約は、国家と国家の問題である。 相手国が同意しないと、条約は改正できない。 政権が交代しても、革命で新しい政府ができても、条約に拘束されたままである。

 条約は、政府と政府が結ぶようにみえて、実は、国民と国民が結ぶものである。 条約に調印した全権代表が、それを持ち帰って批准の手続きを踏むのは、条約を、政府のものでなく国民のものとするためである。

 政権が交代しようとも、革命で新政府が樹立されようとも、 「国民という団体」 (たとえば、日本人)は存続している。 国家が存続する、と言ってもよい。 国民が存続する以上は、条約を守る義務も、条約にもとづく国際秩序も、存続するのである。

 このことがよく理解できない指導者が、ときどきいる。 どんなに異常か、噛みしめて考えてほしい。

 条約が存続することの、実例をあげよう。

 清朝は列強に屈し、つぎつぎ不平等条約を結んだ。 香港島割譲と九龍半島の九九年租借もそのひとつである。

 やがて清朝が倒れ、中華民国が成立した。 中華民国は、これら条約を継承した。

 そして中華人民共和国が成立した。 中華人民共和国は、香港をめぐるイギリスとの条約を継承した(ほかの租界は、日本が実力で一掃し、その日本が敗れたので、中国に戻ってきていた)。


 「万国公法」 の原則

 前の政府が結んだ条約を継承することは、新しい政府が正統であると、国際社会から承認を受けるために大事である。

 毛沢東は、資本主義国イギリスの植民地・香港など、認めたくもなかったろう。 なにしろ、中国共産党を率いる、中国革命のリーダーなのである。 人民解放軍をさし向け、香港を実力で解放することもできた。 しかし、毛沢東は我慢した。 中華人民共和国が、正統な政府として承認されることが、大事だったから。

 そこで、条約を守り、香港に水や野菜など必要な物資を供給した。 文化大革命のときも、その供給は絶たれなかった。 見返りにイギリスは、いち早く中国を承認した。

 自分の価値観や思想信条に合わなくても、道徳的でなくてさえも、前政権の結んだ条約を継承する。 この、国際社会のルールを、毛沢東はよく理解していた。

 条約を尊重する。 これが、国際法の原則である。 そして、国際社会の平和の基礎なのである。

 もうひとつ、実例をあげよう。

 江戸幕府は、ペリー来航を受けて、アメリカと日米和親条約、続けて日米修好通商条約を結んだ。 アメリカ以外の列強とも、同様の条約を結んだ。 この条約は、適切な内容なのか、そもそも江戸幕府にそんな条約を結ぶ権利があるのか、論争になった。

 実際、この条約は不平等条約、すなわち、関税自主権がなく、自国の関税率を相手国が決めると定めるものだった。

 このあと、王政復古を経て、明治政府が成立した。 新政府は、幕府の結んだこれらの条約を、継承した。 それが 「万国公法」 の原則だと、理解していたからである。


 日本が欧米列強から認められたワケ

 新政府はそのあと、歯を喰いしばって、 「条約改正」 に取り組んだ。

 条約改正とは、交渉によって相手国の同意を取り付けることである。 そのために国内体制を整備し、憲法を制定し、近代化を進め、国力を充実し、日清・日露の戦争を戦った。

 明治の人びとは、条約と国際法の原則がどのようなものか、よくわかっていたのだ。

 さて、条約を結ぶとは、相手国を承認します、と態度で示すことである。

 来航したペリーは、アメリカ大統領の親書を持参していた。 そして幕府は、一連の条約を結んだ。 日本史の教科書では、不平等条約であると強調する。 でもそれは一面で、実は日本に利益が大きかったと思う。 アメリカが日本を独立国と認め、承認してくれたからである。

 それ以前の日本は、独立国ではあったが、国際社会が認めてくれるか不確かだった。

 長崎には、オランダと中国の公館があった。 両国から商船が入港し、通商していた。 そのほか、李氏朝鮮からは、ときどき使節が来た。 けれども、それ以外の国々と、国交(外交関係)がなかった。

 アメリカと条約を結び、それに続いて英独仏などの国々と条約を結んだので、日本の独立は確かなものになった。 欧米列強から、承認されたからだ。

 その後、日本は、大日本帝国として膨張を続け、対米英戦争に突入した。 世界中の国々を敵に回して、敗戦を迎えた。 それでもいま、日本国は存在している。


 憲法より条約が優位

 日本国はこの時期を、どのようにくぐり抜けたのだろうか。

 日本は、連合国の 「ボツダム宣言」 を受諾した。

 ポツダム宣言は、日本の無条件降伏を要求している。 カイロ宣言への言及もある。 日本の領土は、日本列島と附属する島々、に限定する、すなわち、台湾、朝鮮半島、そのほかは日本の領土でなくなる、という内容である。

 日本政府は、ポツダム宣言を受諾すると回答した。 これは、条約(無条件降伏の受諾)としての効力をもつ。

 1945年9月2日、東京湾の戦艦ミズーリ号甲板で、日本側と連合国代表により、降伏文書(停戦協定)が調印された。 天皇は、連合軍最高司令官に従属する、と定めてあった。 ポツダム宣言の確認である。 日本軍は降伏し、日本は保障占領された。 日本は主権を奪われ、外交権を失い、独立を失った。

 連合軍最高司令官の発する 「指令」 が、日本の法令を超えた効力をもった。 憲法よりも条約が優位であることが、ここでも明らかである。

 日本が独立を回復したのは、サンフランシスコ講和条約である。 1951年9月8日に調印され、翌年4月28日に発効した。 日本と戦った連合国のあらかたが署名した。

 ソ連は、講和会議に参加したが、署名しなかった。 このため、ソ連とのあいだで平和条約は締結されなかった。 1956年にモスクワで、鳩山首相とフルシチョフ首相が日ソ共同宣言を発表。 国交が回復し、戦争状態が終了した。 同宣言は、領土問題を解決するため、平和条約交渉を続けるとしている。 平和条約はまだ結ばれていない。

 中華民国は、戦勝国で、戦艦ミズーリ号での停戦条約にも署名した。 しかし、中華人民共和国が成立したため、講和会議には招かれなかった。 そこで日本は、サンフランシスコ講和条約調印と同じ日に、中華民国(台湾政府)とのあいだで日華平和条約を結んだ。


 話し合いは無意味

 中華人民共和国は、サンフランシスコ講和条約に参加しなかった。 国交がなかった。 そこで、1972年9月の日中共同声明、1978年12月の日中平和友好条約を結んだ。 この結果、台湾との外交関係が消滅し、日華平和条約は効力を失った。

 

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 無償援助3億ドルは交渉の経緯から、個人補償にあてられるはずのものだったが、韓国政府は大部分を経済建設にあてた。

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、交戦国でも戦勝国でもない。 北朝鮮と日本は,まだ基本条約を結んでいない。 北朝鮮は、日韓基本条約を参考に、巨額な賠償を求めるだろう。

 その昔、訪朝した自民党の金丸信副総裁が、戦前戦中に加え、戦後の補償もすると口走ってしまったことがある。 国民の苦難を踏み台に、核開発と軍備増強にありったけの資源を注ぎ込み、周辺国の脅威となっているような北朝鮮と、急いで基本条約を結ぼうとするのは間違っている。