( 2014.01.12 )


 


2011年1月14日、インドネシアから防衛省に寄贈され
たスディルマン陸軍大将(1916~50年)の銅像の除幕
式後、像の前で握手する北沢俊美防衛相(当時、右)と
インドネシアのプルノモ国防相。将軍は大日本帝國陸軍
から不屈のセイシン(精神)を学び、インドネシアの独立戦
争を戦い抜いた(防衛省提供)
 自ら独立を勝ち取った国家と、外国に解放してもらった国家では 《 品格の差 》 がにじみ出る。 歴史を正視できる 《 矜恃きょうじの差 》 と言い換えても良い。

 矜恃あるインドネシアは、防衛省に2011年、大日本帝國の軍人・官吏から不屈の 「セイシン( 精神 )」 を学び、対オランダ独立戦争を戦い抜いたディルマン陸軍大将( 1916~50年 )の銅像を寄贈した。 独立戦争指導者より初代国軍総司令官となった将軍は、教科書や士官学校の戦史教育で登場。 目抜き通り名にまでなった。

 片や韓国。 日本の敗戦後、米国が解放した。帝國陸軍の教育を受け聯合れんごう軍と戦い、朝鮮戦争( 50~53年休戦 )で韓国を救った朝鮮人の英雄は皆、売国奴・悪人として歴史上抹殺され、将軍のような誇れる英傑がほとんどいない。 結果、朝鮮併合に反対した初代朝鮮統監・伊藤博文( 1841~1909年 )を暗殺してしまう頓珍漢な朝鮮人テロリスト安重根( 1879~1910年 )の像を暗殺現場に建立したいと、中国に泣きついた。

 日本がもたらした “DNA” で自信を付けたインドネシア。 自信を付けようと “DNA” を断ち切ったはずが、自信が持てない韓国。 2体の像に、大人と子供ほどの成長の違いを感じる。




 インドネシアは17世紀以降350年にわたりオランダの過酷な植民地支配に苦しめられた。 徹底した愚民政策で、利用価値のある一部を除き教育・医療を受けさせず、私有財産も認めない。 集会やイスラム教の信仰も禁止した。

 ところが1942年、帝國陸軍はわずか9日間でジャワ島の聯合軍を降伏させ、圧政より解放した。 現地の人々は日本の将兵が自分たちと同じ小柄で、同じ肌の色であることに驚く。 12世紀以来の言い伝えを噛み締めた者も数多あまたいた。

 《 外部より侵入した白い人間に支配される時代が続く。 その後、北から黄色い人間が来て、白い人間を追い払う 》

 《 黄色い人 》 は善政を実行に移す。 《 蘭領東インド 》 を 《 インドネシア 》 に改称。 公用語を蘭語からインドネシア語に改めた。 国旗掲揚・国歌斉唱を復活させた。 独立を見据え、インドネシア人を官庁・企業の次席級を含む高職位に就け、各種の学校を開校。 逮捕・監禁された独立運動家も釈放した。

 インドネシア独立に最も強く直接影響したのは郷土防衛義勇軍=PETA( ペタ )創設だと思っている。 終戦時には3万8000人まで膨れたインドネシア人による義勇軍は、後の独立戦争( 1945~49年 ) → 国軍創設の核となる。 《 帝國陸海軍の傀儡かいらい 》 との指摘は少し違う。 確かに、帝國陸軍の兵力不足を補う側面は認められる。 ただし、インドネシア指導層にも、完全な独立達成に国軍創設は不可欠という深刻な危機感があった。

 帝國陸軍はペタ幹部候補生に直接軍事教育を行った。 「 正直であれ / 勇気を持て / 常に前進せよ 」 の三訓がたたき込まれた。 今尚なお、国軍退役将軍は 「 ソッセンスイハン( 率先垂範 ) 」 をそらんずる。 日本人教官は完全武装しヒルだらけの川を渡るなど、身を以て手本を示した。 触れたこともない祖国の歴史や世界情勢の座学もあった。 斯くして、訓練は厳しかったが優柔不断・小心臆病だったインドネシア人は次第に死への恐怖を克服し、愛国心を覚醒させていった。


姿

 スディルマン将軍や第2代大統領スハルト( 1921~2008年 )もその一人だった。 日本の敗戦後、反攻してきた蘭軍12万と英・豪軍相手に80万ともいわれる犠牲者を出す4年5カ月の死闘を制したのは、国際世論の変化にも助けられたが、日本の軍人・官吏らの熱き指導あったればこそ、と断じたい。

 指導だけではない。 残存の3万丁の各種銃器や手榴弾しゅりゅうだん9500発、数百の野砲・トラックを敗戦後、ひそかに供与した。

 兵器だけではない。 教え子に請われ、また途中でくじかれた東亜新秩序樹立を完結させんと、終戦後もインドネシア軍とともに戦った帝國軍人も多い。 残留将兵2000~3000の内400~1000人が独立戦争で散華。 国営英雄墓地などに埋葬された。 一部は独立名誉勲章を受けた。

 もっとも終戦4ヵ月後、独立を焦る余り、一部組織が日本の陸軍将兵・国民を一方的に虐殺し武器・食料を略奪した。 帝國陸軍は抑止のため、極めて抑制的な報復攻撃を加えた。 この時、多数の無辜むこのインドネシア人が巻き添えになったが、インドネシア側は後に複数の検証により自らの非を認めている。




 歴史・真理を冷静に見極められる姿勢は今も変わらぬ。 1990年代に突如浮上した “インドネシア人慰安婦” 問題では、日本の左翼系弁護士らに焚きつけられた策動だと看破し、政府もメディアも弁護士らに不快感を持った。 2007年の防衛庁省昇格では、国防相が歓迎し 「 日本国憲法第9条改正 」 にまで賛同。 「 自国防衛を強化して、米国に委ねる度合いを減らしつつ… 」 などと、独立を自ら掌中に収めた誇りさえ垣間かいま見せた。

 集団的自衛権行使や憲法改正による国防軍保有にも13年、安倍晋三首相( 59 )と会談したスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領( 64 )がこう言い切った。
「 完全に合理的な考え。防衛力を持った日本は地域安定のプラスになる。 全く賛成だ。 何の問題もない 」
 靖国神社参拝でも大統領は 「 国のために参拝を行うのは当然 」 と明言する。 韓国との違いはどこから来るのだろう。 インドネシアの閣僚が1957年、岸信介きし・のぶすけ首相( 1896~1987年 )に伝えた言葉に答えを見付けた。
「 日本が米・英・蘭・仏を面前で徹底的に打ちのめしてくれた。 白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信を持ち独立は近いと知った。 一度持った自信は決して崩壊しない。 日本が敗北したとき、これからの独立は自力で遂行しなければならないと思った 」
 なるほど。 「アジア」 ではない南米スリナムは、インドネシアの独立宣言後30年もたってオランダから独立した。 しかし 「アジア」 には 「独立に関し、一度も自信を持てない」 国、 独立を自力で遂行できなかった 国も在る。

 それは、韓国!





( 2014.11.15 )

   


 オランダのウィレム・アレクサンダー国王夫妻が日本訪問の後、韓国を訪れた。 韓国に王室はないし歴史的にオランダと特別な関係があったわけでもない。 あえて関係を探れば、2002年の日韓共同開催W杯サッカーで韓国をベスト4に導いたヒディンク監督がオランダ出身だった。 このため当時、にわかにオランダへの関心が高まった。

 その後、これに便乗するように17世紀中ごろ船の事故で韓国に漂着し13年間、抑留されたオランダ船の乗組員ハメルらの話が浮上し各地に観光用の “ハメル記念施設” ができた。 ハメルは迫害を逃れて脱出に成功し日本に保護された。 後にその体験を 『 朝鮮幽囚記 』 として書き残したことで知られる。

 韓国とオランダのかかわりはそんな程度だが今回、国王の日韓訪問には異様( ? )な関心を示した。

 まず国王が日本での宮中晩餐ばんさん会の際、戦時中の日本とオランダの過去に触れたことに飛びつき 「 オランダ国王、日王の前で “心痛む過去を忘れずにいる” と発言 」 などと大々的に報道した。

 さらにその後、韓国を訪れたオランダ国王に対し朴槿恵パク・クネ大統領が日韓関係に触れ 「 歴史認識の問題が懸案になっており、とくに慰安婦問題の解決に努力している 」 などと述べたことも大きく伝えた。

 つまり韓国にとってオランダは急に “歴史的同志” になったのだ。

 オランダは戦時中、日本軍によって植民地支配のインドネシアから追い出されたが、その後、民間人収容所にいたオランダ女性が慰安婦として日本軍の現地の将校らに連行された事件があった。 上層部は軍の方針に違反したとして慰安所を閉鎖し、関係した日本軍人は戦後、戦犯として有罪判決を受けたが、韓国はこの慰安婦問題に目を付け “同じ被害国” としてオランダを持ち上げているのだ。

 オランダはヨーロッパではナチス・ドイツに支配され 「 アンネの日記 」 のようなユダヤ人迫害が起きている。 韓国マスコミはそのことを紹介しながら今回のオランダ国王の対日発言をこう論評している。
「オランダはナチに融和的だったことを大いに恥じている。 恥を知るオランダが恥を知らない日本に訓戒を与えた」
 韓国は 「 戦後のドイツは反省しているのに日本は反省していない 」 と日本に対し 「 ドイツに学べ 」 とよくいうが、今度は 「 オランダに学べ 」 と言いだしたのだ。 「 ええっ? 」 である。

 オランダは300年以上もインドネシアを植民地支配したが、そのことで明確な謝罪も補償もしていない。 植民地支配を恥じたことなどない。 またインドネシアがその過去の歴史について、オランダに何かグズグズ要求し続けているという話も聞いたことがない。

 韓国は過去、日本に植民地支配されたとして 「 その被害者の気持ちを知るべきだ 」 とし 「 謝罪と反省 」 を言い続けてきた。 それがオランダと “歴史認識” が一致するかのようにほめているのだ。 インドネシアが知れば驚きあきれるだろう。

 韓国は同じく植民地だったインドやインドネシア、ベトナムなどとの比較を避けたがる。 日本からすれば逆に韓国に対し 「 インドネシアを見習ったらどうか 」 と言いたいくらいだ。 日本非難さえできれば何でも飛びつくが、今回のオランダ礼賛もその歴史認識のいいかげんさを物語るものだ。


( 2014.04.03 )
槿

  オランダ国王の昼食会でメニュー表にメモ!?

 招待されたオランダ国王の昼食会で、ウィレム・アレクサンダー国王の話に耳を傾けながら、メニュー表に熱心にメモをとる朴槿恵大統領。 ベアトリクス前女王にウィットの効いた発言に会場で失笑される。

 メモ魔として知られる朴大統領は、招待されたオランダ国王の昼食会で、ウィレム・アレクサンダー国王の話に耳を傾けながら、メニュー表に熱心にメモを取っていた。

 見かけたベアトリクス前女王が 「 そんなに熱心に何をメモしているのですか 」 と尋ねると、 「 とても意義深いお話だったので 」 と朴大統領。 前女王がすかさず 「 息子はそんなに知恵深いなんて知らなかったわ 」 と返すと、会場は笑いに包まれた。

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 これマナー違反ですね。 昼食会など食事の席では、会話と食事を楽しむ意外はしない方が良かったはずですが ……。 前女王の 「 息子は、そんなに知恵深いとは知らなかったわ 」 も完全に皮肉。 ( 結構、こわい~ )この後の爆笑も嘲笑だとは気づいてたのかどうか ……。 韓国の先進国への道は遠そうです。 その前に、存続できるか否かでしょうが。
クネクネを無礼者のバカとして晒しあげるとは …… ベアトリスク前女王って きっつい人だなぁ~
あー、ヨーロッパ流の最高の侮蔑だね。 そうでなきゃ、記者が悪意を持ってるか。 どちらにせよ、最大限ヴァカにされたらしいね。
こういうのボロっと出るとは終りだなぁ、暗に 「 あなたは何も知らないのね 」 って言われてるやん。 これを真摯と受け止めてくれるのは宗主様位だろう。
熱心な大統領だなと思わせたいのか知らんが、バカな酋長だなくらいにしか思われてないみたいだぞ。
ボケが始まっていて短期記憶がダメになってしまってるからかもよ。 せめてメモ帳くらい持って来い。
メモとかは普通周囲の人間がやるべきなんじゃ …… 何でも自分でやらないと気がすまないのか?
弱みを握る、または媚びる為なら手段をエラばない。