( 2014.01.20 筑波大学人文社会科学研究科教授 古田博司氏 )
槿
 





 私が勤めている大学にも韓国人の教員がいて、彼もよくイガンヂルをやるので、周りはみんな困ってしまっている。
 ある時、韓国人の教授があまりにもイガンヂルをするので、私はその教授に 「もうイガンヂルやめなさい」 と注意したことがある。 すると彼は、 「あ、懐かしい言葉ですね。 日本にずっといたから忘れていました」 と応じ、シラッとした感じで 「古田先生からは、いつも悪い韓国語ばかり習います」 と言い放った。
 反省したそぶりを微塵も見せず、平然とこのような言動を繰り返す。 迷惑な韓国人そのものである。
 ところが、イガンヂルが韓国内では一定の効果を発揮するため、韓国人はこうした行動が世界にも受け入れられていると思い込んでいる。 韓国人も中国人も、自分たちの伝統に則った民族の行動パターンが世界に通用しないということが全く理解できないという民族的特徴を持つ。 それが 「中華思想」 だ。
 世界中で嫌われていることに気づかず、反省をすることもない。 周りから見れば恥ずかしい行為を彼らは何度も繰り返し行い、やっているうちに効果が表れてくると心から信じている。
 朴氏のイガンヂルは日本だけでなく、世界から見ても卑劣な行動だが、彼女自身は当然のことをやっているという認識なのだ。
 朴氏は5月8日、米国の上下両院合同会議で演説した際、日本を念頭に 「歴史に目をつぶる者は未来が見えない。 歴史に対する正しい認識を持てないことは今日の問題でもあるが、 さらに大きな問題は明日がないということだ」 と批判した。
 この言葉を借りれば、自分たちの悪しき歴史に気づかない韓国人は、歴史に学ぶことで逆に明日がなくなる。 韓国人は歴史に学び、滅びることになるかもしれない。




 韓国人は 「卑劣」 ということが理解できない。 なぜなら、国民のなかに少数でも卑劣な人間がいれば 「あいつは卑劣だ」 といって糾弾されるが、韓国では全国民が卑劣なので、卑劣ということに何ら非道な特性が表れなくなってしまうからである。 これは中国人にも当てはまる。
 両国が同じような特性を持つ背景には、歴史上、中国と朝鮮はもともと兄弟国だったということが挙げられる。
 十七世紀、大陸に清国の基を作った初代ヌルハチと第二代ホンタイジの年代記で、1636年の第二次朝鮮侵攻までを綴った 『満文老トウまんぶんろうとう』 という全編当時の満洲語で書かれた書物が残されている。 そこでは、中国は中国ではなくニカン国という。 朝鮮はソルホ国である。 言語は異なるが、衣服や習俗の同じ兄弟国として描かれている。
 満洲側は自分をジュシェンと呼ぶ。 漢語では、かつて女真とか女直とか音訳された。ジュシェンはモンゴル諸国と兄弟である。
 ニカン国とソルホ国はヌルハチを侮蔑する。 ヌルハチが受けた屈辱は数知れない。 『満文老トウ』 には次のような記述が見られる。
 「明は天下の国の中で自分の国が主であるというのだ。 主であればすべての国に悉く主であるはずだ」 ( 萬歴43年6月 )
 「昔、太平の時にジュシェンと漢人とが商売を行う際、漢人の官人の妻等ばかりでなく、小者の妻等でさえもジュシェンに見せず、ジュシェンの大人等を見下し侮蔑し、凌いで拳で打ち、門にさえも立たせなかった」 ( 天命10年、正月 )
 まるで現在のウイグル人やチベット人が怒っているようだが、このような周辺国を無視するニカン人の伝統的な傲慢さを中華思想といい、当時から周辺諸民族は忌み嫌ったものである。
 数多くの侮蔑に対して怒ったヌルハチは、ジュシェン・モンゴル連合軍を結成、撫順・清河を攻略し、天命4年( 1619年 )にはサルフの一戦でニカン・ソルホ連合軍を破り、決定的な打撃を与えた。 ところが、ニカン国とソルホ国の悪漢国はその後もジュシェンを侮辱するので、第二代ホンタイジは1627年、遂に朝鮮を討った。第一次朝鮮侵攻である。 この時、奉天に集結した軍が朝鮮に南下し、京城を抜くまでにたった2週間しかかかっていない。
 ここから分かることは、地政学的にも朝鮮は、自分自身を守れないということである。 中韓はお互いを信じておらず仲は悪いが、腐れ縁のように助け合い、状況次第では平然と裏切るという歴史的な背景を併せ持つ。
 朴氏が中国の習近平国家主席に擦り寄る行動を取るのも、このような歴史的な背景からきている。 ということは、あの関係もいずれ裏切り合いが始まることを意味している。




 同じような特性を持つ中国人と韓国人だが、その行動パターンを理解するうえで欠かせないのが 「正当性」 と 「正統性」 の違いである。 わが日本国では区別するのが難しいが、この2つの違いをきちんと認識することで、朴氏の過度な反日行動の原因も分かる。
 では、 「正当性」 と 「正統性」 はどう違うのか。 まず、正当性は 「これが正しい!」 「俺が正しい!」 と正当であることを信じるのが正当性だ。 だから異端からも正当な権力は生まれる。 十六世紀頃まで、カルヴァン派はキリスト旧教にとって異端だったが、ここから当時のジュネーブの新政権が出てくる。
 一方で、正統性は 「どちらが正しいか。こちらだ!」 という選択を経て選ばれたものが正統で、除かれたものが異端である。 正しさを判断する際には権威ある公的な選択を得たもの、という解釈が成り立つ。
 お分かりになるだろうか。 正当性には公的な選択がない。 「俺は偉い!」 「俺が正しい!」 という正当性、すなわち中華思想である。 先般、中国が東シナ海に設定した防空識別圏にしても 「俺たちが正しいから防空識別圏を敷くんだ」 という正当性で、当然、世界からは全く受け入れられていない。 しかし 「自分たちが正しい」 ということに関しては、 「正統性」 よりも強い。
 他方で、朝鮮を論じる際には 「正統性」 を用いる。 なぜなら南北に別れる朝鮮半島では、どちらに国家の正統性があるかを即断することは困難で、韓国国内でも北朝鮮に国家の正統性がある、と主張する勢力と、韓国側にこそ正統性があるとする勢力に分かれるからである。
 韓国では1990年代に北朝鮮の思想工作が大学に浸透し、ソウル大学を中心として大学の自治会が次々と主体思想派に乗っ取られていくなど、今日の従北勢力の基盤を形成した。 これを北朝鮮では、韓国に解放の根拠地を作るということで 「民主基地論」 と呼ぶ。 1946年に金日成によって唱えられた革命路線だったが、これがまさに成功したのがいまの韓国である。




 思想工作の影響を受けた政治家が、朴槿惠政権の内部や野党側には大勢いる。 彼らは 「北朝鮮は故金日成国家主席が独立戦争を戦った。 だから北朝鮮に国家の 『正統性』 がある」 と主張する。 「正統性があるのは南北どちらだ? 独立戦争を戦ったから北朝鮮にある!」 という解釈である。
 ちなみに独立戦争といっても、金日成は東北抗日聯軍という中国軍のなかの一将校にすぎなかった。 1934年から6年間ほど戦い、最後は日本の討伐隊に追われて命からがら極東ソ連領に逃げ込む。 唯一の戦勝は普天堡の戦いのみ。 普天堡という町を取り囲み、材木屋に火を放ち、郵便局に押し入って金を盗み、交番を襲って警官10人を殺して逃げた、というだけのものだが、北朝鮮ではこれを 「普天堡大会戦」 と呼んで戦跡としている。 これでも一応の正統性は担保される。
 他方で、韓国は近代史上、日本軍と戦ったことがない。 韓国が主張する戦いは1920年の青山里戦闘1回きりで、敵は朝鮮人匪賊だった。 日本の無条件降伏と米軍進駐によって棚ぼた式に独立を得た韓国には、そもそも国家の正統性というものがない。 一般の韓国人もそのことはうすうす知っていて、北の政権に比べて自分たちの政権に正統性の点で瑕疵があることに気づいている。
 なんとか正統性を得るため、青山里の戦闘で勝ったというウソを定着させようと韓国は骨を折ってきたが、戦場に残ったのは日本軍であった。 敗けたほうが戦場に残る道理はない。
 正統性を保つために韓国が英雄として誇るのは、爆弾魔のテロリストだけだ 爆弾テロリストを英雄に仕立てなければならないのは、いまの韓国の悲哀であり、私が危惧しているのは、反日教育でテロリストや爆弾魔を解放運動の雄だと刷り込まれ、頭のなかがIRA( アイルランド共和軍 )のようになった韓国の若者が 「自分も英雄になりたい」 と思って、爆弾をもって海を渡ってくる危険性があるということである。
 韓国人が歴史に学ぶとろくなことが起きない。 我々日本人は、韓国人が歴史に学んでしくじる民族であるということをいま一度、認識すべきだ。




 いま朴氏が執拗なまでに反日行動を取る理由は、日本という悪と戦っている姿勢を常に見せていないと国家の正統性が保てないことにある。 さらに 「北朝鮮に国家の正統性がある」 とする国内の左翼勢力の対応にも追われていることも、朴氏の反日行動に影響を与えている。
 韓国の左翼教員組合( 全教組 )や野党の統合進歩党などはどちらも従北勢力であり、従北勢力は法曹界や裁判所などにも蔓延っている。
 戦時中の韓国人徴用に対し、日本企業に賠償支払いを命ずる判決が相次いでいるが、法曹界や裁判所は過去、韓国政府が日本と結んだ協定なども平気で破る。 韓国政府を無視する反日を展開しているのだ。
 朴氏は自らの正統性を確保すべく、内乱陰謀罪で公判中の李石基議員が所属する統合進歩党に対して、党の解散を憲法裁判所に請求するなど、党として非合法化を図ろうとしている。 あるいは、全教組の解散も進めている。
 国内の政策はことごとく失敗し、格差の是正もできず、一説には国内の失業率が20%に達しているとまで言われ、朴氏自身にも不正選挙の疑いが掛けられている。 李明博前大統領の不正蓄財の追及が行われる気配すらないことからも、朴氏の党内基盤の脆弱さが伺える。
 朴氏は自らの正統性を確保すべく、また自分が異端でないことの証として反日を連呼する。 慰安婦の像や碑を米国に建て続ける韓国系移民も同様だ。 自分たちは国を捨てた異端ではない、と故国に弁明しているのだ。
 反日闘争の根源は 「正統性闘争」 でもあるため、朴氏の反日は決して止むことはない。 今後も止めどなく起こることだろう。




 次に、韓国人とはどのような民族なのかを見ていきたい。 韓国人の本質を理解するには、朝鮮が儒教国であるということを認識する必要がある。 その際に注意すべきは、朝鮮は孔子派の儒教国でもなければ、孟子派の儒教国でもない。 徹頭徹尾、朱子派の儒教国であるということだ。
 儒教にも他の宗教同様、様々な宗派がある。 朝鮮を孔子派の儒教国と思っていると、アイルランドをプロテスタントの国と思うほどの間違いを犯すことになる。
 朱子学は南宋の朱子が作った儒教で、本来は排他性が強い。 北方民族が攻めてきているし、朱子の住む中国南方では民衆は道教を拝み、仏教で葬式をしていた。 それらはみな異端、儒教こそ正道だ、というのが朱子学の主張である。
 朱子学が江戸時代に普及し、儒者の伊藤仁斎などはこれを消化しようと29歳で引きこもりになり、8年経って世に出て塾を開いた。
 弟子が 「先生、 『仁』 とは何ですか?」 と問うと、 「誠実で律儀に人に接することじゃ」 と答えた。 「『恕』 とは?」 と尋ねると、 「思いやりじゃ、やさしくしてあげればいいのじゃ」 と語った。 朱子学で一番重要な 「天理」 については、 「お天道様じゃ」 と返した。
 日本では正統とか異端とか区別しない。 神道と仏教は見事に習合し、いまではキリスト教式で結婚式をあげたりする。 江戸の儒者たちも寛容だった。
 一方で、朝鮮では高麗王朝の衰亡を招いた仏教を果敢に棄て、十五世紀から中華の 「礼」 を核とする朱子派の儒教を全幅に受容し、その実践を始めた。 その過程は今日、韓国人が儒教を自然に広まった美風と解するような甘いものではなく、人為強制的で直接身体に暴力の及ぶ思想教化であり、排他的な社会改造であった。
 ある日、突然、捕縛吏がやって来て、親の三年の喪に服していないといっては彼を棍棒で打ちすえる。 良い墓地を探そうと骨を安置しておけば、不葬者として一族絶島送りになる。 良婦二夫にまみえずという節婦道徳を強制され、前朝の風習どおりに夫の喪をといて再嫁していた女性たちは捕らえられ、拷問された。 寡婦の再婚はこの後、1894年に改革が断行されるまでかなわなかったのである。
 商人などは身を濁世に処し利をもとめる俗人であるとされ、ことあるごとく弾圧された。 商店などは王朝御用達の特権商人以外は禁止され、二十世紀初頭まではこの禁が解かれなかった。
 そして仏教を徹底的に否定したため、従来の葬儀や招魂を司っていたシャーマンや僧侶は弾圧されてソウルから放逐、山野を彷徨するなど、土木工事の人夫になる者以外は盗賊として処罰された。 十九世紀末に至るまで、朝鮮では僧侶は賤民扱いでソウルに入ることも許されなかった。




 石像の首を次々と刎ね、仏教寺院も破壊、寺に多く付属していた茶園は枯れ果てた。 今日、韓国人のいう韓国伝統茶は80年代以降、韓国に渡った日本種であり、偽物である。 仏教は全滅、韓国には文化遺産がほとんど残されていない。
 韓国を訪れたイタリア人の旅行者が 「なぜ韓国には史跡が少ないのか」 と尋ねたところ、韓国人ツアーガイドが 「豊臣秀吉によってみんな破壊されたからだ」 と答えた。 すると、そのイタリア人は 「豊臣秀吉はすごい。 原爆を何発持っていたのか」 とユーモアで返したという笑い話があるが、韓国人は豊臣秀吉が韓国の仏教寺院を破壊し尽くしたという日本人の悪を信じて疑わない。
 朱子学では自分がどれだけ 「正しい」 か、自分がどれだけ相手より 「正統性」 があるか、どれだけ自分のほうに 「理」 があるかを競う。 そして 「理」 を多くわがものとした者ほど、天の理をより多く心性に含むものとして上位に立つ。 これを賢者といい、君子という。 下方に封じ込められた相手は自分より正統性で劣った小人である。
 聖人・君子・小人・禽獣・草木の差別があり、より優れたものがより劣ったものを統治する。 この階梯を昇るために儒教の古典を読み、心安らかに徳を鍛え、中国の礼教に則って冠婚葬祭の礼法を実践し、磨くのである。 そうすると濁った気が晴れて次第に澄んでくる、とした。 劣ったものは気が濁っていると決めつけ、3年間の喪に服さなかったり、再婚した女性を棍棒で打ちすえる行為を 「民の濁気を払う」 としていた。
 李朝の儒者たちは、 「理」 の争奪戦を繰り広げる。 朱子学の解釈権を握り、科挙の試験官を自派で占める。 合格者は官僚になって、学閥は権力を手に入れる。
 儒者の塾は棍棒で武装し、敵方の打ち壊しまでした。 朝鮮史では、これを 「党争」 という。
 他方で李朝時代の一般庶民は、商人卑賤視、商業抑圧のイデオロギーとその実践の被害をまともに蒙り、ほとんど自給自足に近い極貧の経済のなかで500年間の生の営みを繰り広げなければならなかった。




 なぜ李朝の儒者たちは、ここまで徹底した朱子派の儒教教化を行ったのか。 その理由は、宗主国である中国よりも儒教の礼をより忠実に実践することで、宗主国を精神的に凌駕するという 「正統性」 の獲得にあった。 朝鮮では、中国に対するコンプレックスと、中国以上に中華の礼儀を実践しているというプライド( 正統性 )が十五世紀から並行して起こっていたのだ。
 中国はそもそも朱子学が合わなかったので、陽明学のほうが広まった。 王陽明先生に弟子が意見を聞く。 「先生、私はぜひとも古代の音楽を復元したいと思います」。 先生はおっしゃる。 「うん。 しなくていいよ。 それは全部、君の心のなかにあるのだ」。 これが陽明学の 「心即理」 である。 「思っているモノは実在だ」 という超( ウルトラ )実念論で、防空識別圏も、中国人が思ったわけだから実在することになりかねないのだ。
 朱子学から陽明学へと移行した中国に行った使臣が朝鮮に帰って来ると、中国で見たままを報告する。
 「王様、中国人は喪の最中に酒を飲み、肉を食らって宴会をしております」
 朝鮮の儒者たちは、儒教の本場・中国で朱子の言説どおりに喪中の禁酒、断肉食が行われていないことを知ると、中国に対して強い優越感を持ち始める。 そして、わが国ではこのような汚らわしい行いがないよう一層大明律( 明国の法律 )の教化を徹底し、律に照らして罪を問わねばならない! と、朝鮮の王は絶叫したのだった。
 十六世紀後半の朝鮮儒者の日記には、 「中国は禽獣に近い卑しい国」 との記述があり、この矜持は十七世紀の女真族による明国の滅亡と清国の建国により決定的なものとなる。 中華が女真族という蛮族に征服されたことにより、自分たちこそが中華の礼を受け継ぐ者という正統性を獲得したのだ。 これを朝鮮思想史では 「小中華思想」 と呼ぶ。 以後、朝鮮は 「大明国の東の壁」 を自称し、清国から流れを汲む文化を悉くはねつけた。
 歴史上、この正統性は李朝期を通じて肥大化していくのだが、日本植民地統治下に編入されてしまうと 「夷狄」 日本に占領されたのだという劣等感となる。 韓国人から見ると、倭( 日本 )人は中国の衣冠( 衣裳と冠 )に従わなかった野蛮人であった。 衣冠というのは儒教の重大事であるから、つまり礼儀知らずということになる。 その衣冠を朝鮮が日本に教えてやったのに、日本はそれを 「正しく」 使用する能力を欠いていたので異様な有り様となった。 それが今日の倭の習俗である、という認識である。
 このように、朝鮮民族の日本民族に対する侮蔑は歴史上、根深い。 近代の幕開けに、日本が東アジアの人々の憎悪の対象とならざるを得なかったのは、華夷秩序という朝鮮が正統性を獲得した安定的なシステムを日本 ── それも野蛮国である日本が ── 粉々に打ち砕いてしまったことに要因がある。 これは、このシステムに安住していた人々には許し難いことであった。
 そのため、日本の敗戦後は儒教教育の復興が叫ばれ、小中華思想の復活により正統性の再構築が図られた。 だからこそ、反日運動は常に日本夷狄視とリンクして今日に至っているのだ。




 いまや韓国は、国内的にも国外的にも 「正統性の奴隷」 と化している。 「剣道も茶道もうちが正統で、日本が亜流。 孔子さまも韓国人、中国人ではない」。 周りの国々が唖然とするウリナラ起源説を滔々と述べる。 これぞ正統性コンプレックスの極みだ。
 職業差別は現在も続いており、 「サムスンにあらずんば人にあらず」 という言葉どおり、大企業に勤めていない人間の正統性は認められない。 大財閥がGDPの70%余を稼ぎ出し、サムスン電子が22%を占める。 中小企業は事業を恥じて育たず、順調な発展が期待できない。
 狂騒的とも思える今日の韓国の受験戦争も、大学の銘柄が一生を左右してしまうという敗者復活戦なき社会の苛酷さを浮き彫りにしている。 ソウル大学、延世大学、高麗大学、梨花女子大学以外は、大学としての正統性が認められない。 そして自らの正統性ばかりを主張するため、他人( ナム )との継続的な信頼関係を構築することが困難である。 人を見ると即座に自分より上か下か、自分より正統性がある人間かどうかを値踏みする。 下だとみれば、約束など簡単に反古にす。
 真に不気味なのは、相手の腕を急にぎゅっと掴んで、はめている腕時計が自分より上か下かの価格の値踏みをすることである。 ローレックスかオメガか、何なのか確かめようとする。 日韓歴史共同研究委員会の韓国側幹事だった鄭在貞教授にこれをやられた時には戦慄が走り、総毛立った。 ハイエナが屍肉を見分けるような舌なめずりの下品さである。 こういうことを本当にする。
 鄭在貞という人物は、のちに東北アジア歴史財団という韓国反日機関の理事長になり、国際交流基金から日韓のよき理解者として賞を与えられた。 真に恥ずべきことである。
 韓国人の民族行動パターンは、形状記憶合金のように限りなく李朝に戻っていく。 正統性を得るためには、世界でも類例を見ないほど卑劣なことを平然とやる。 イガンヂルがそのよい例だ。
 そして、教えても、助けても、意味がない。 援助しても、感謝など一切しない。 むしろその10倍、20倍と際限なく要求してくる。 もはや、韓国人とはかかわらないのが一番である。




 韓国人には 「教えず、助けず、かかわらず」 ──、韓国を否む三原則が最も良策なのだが、対中国を睨むアメリカは、両国の円満な関係をこれからも期待し続けることだろう。
 Z・ブレジンスキー( 元国家安全保障問題担当大統領補佐官 )、イアン・ブレマー( 米ユーラシア・グループ社長、政治学者 )、R・アーミテージ( 知日派政治家・軍人 )などの識者は、すでにそのような発言を日本に対して繰り返している。 このままいけば、韓国が経済的に大破綻する日が遠からずやって来る。 その時までに、日本の 「対韓不干渉政策」 の説得力ある理由説明を考えておく必要がある。 さもなければ、日本はまた無駄な対韓援助を要請されかねない。

 具体的には、以下のような説明を繰り返ししていく必要があるだろう。
( 一 )反日が国是の韓国は、日本の領土を奪い、日本を仮想敵国として軍事演習を行っている。
( 二 )韓国は日本の元首を侮辱し、日本国民の不幸を祈念する、イーブル( 邪悪 )な対日敵対宣伝行為を全世界的に繰り広げている。
( 三 )国際的な基本条約、協定を反古にする司法に政府が加担し、三権分立を悪用するのみならず、反日の過去遡及法を実施し、自由民主主義に反する国民弾圧を行っている。 もはや日本には韓国と共有する価値観は存在しない。
 歴史問題については、東アジアの人間にしか重要性を認識できない事柄であろうから、あえて挙げないほうがよいと思われる。
 韓国は中国に一時的に擦り寄るが、民族の行動パターンから、すぐに裏切り合いが始まることは目に見えている。 そこまでの先見性を持って韓国を一度、中国側に放り投げる覚悟が日米ともに必要である。
 幸い米の孤立政策で、在韓米軍は現在、1万3000人まで縮少している。 2年後には戦時作戦統制権が米韓連合司令部から韓国軍に移管される予定であり、見返りのミサイル800キロ射程も担保済みである。 これらを着実に実行し、朝鮮半島を経済破綻したまま拮抗させ、新たな緩衝地帯に作り替える努力が米中に求められることだろう。





( 2015.04.10 )
槿  不通プルトン



 つまり 「我々は常に一方的被害者だった」 とする対日ファンタジー史観が、大統領周辺を完全に支配しているのだ。
 無理もない。 反日ファンタジー史の教育を始めてから70年の重みがある。 日本統治時代を肌で知る人々はほとんど鬼籍に入っているか、もはや社会的発言力がない。 反日ファンタジー史の教育下で優等生として育った人々が、韓国のあらゆる部門の指導層を形成しているのだから。 朴槿惠氏も、そうしたなかの一人なのだ。
 韓国人は事あるごとに 「歴史が、歴史が」 と叫ぶが、韓国の学校教育に占める教科としての歴史はとてもお粗末だ。 とりわけ世界史は教師の絶対数が足りない。 そのうえ、 「大学入試のため」 至上主義が支配する環境のなかで、国史も世界史も大学入試の必須科目になっていない。
 朴槿惠氏は、西江大学の理工学部卒業だ。 理工系進学を目指した時点で政治家になるつもりはなく、歴史学などには興味もなかったのだろう。 しかし彼女は大統領就任後、理工学部の卒業者らしいことは語らないが、 「植民地時代」 の歴史、わけても慰安婦についてよく語る。
 ヘーゲル米国防長官との会談( 13年9月30日 )では思い切り言いたいことを言った。
「歴史問題と領土問題についてたびたび時代・歴史退行的な発言をする日本指導部のために信頼が形成されずにいる」
「日本は( 歴史問題などを )無視して何の誠意も見せておらず、傷口に塩を塗るようなことをしながら 『対話すればよいのではないか』 と言っている残念な状況だ」
「傷を受けた国民がいるため国民とともに解決する問題であって、首脳二人が座っても解決できない状況だ」
「国民の傷はそのままなのに、前にもそうだったように日本の指導部がまた傷つくような話を会談後に投げかけることになれば、一体どうしてその会談をやったのかと国民の心が痛むだろう」
「このような悪循環になるのが真の問題だ」
「慰安婦女性の問題はいまも続いている歴史だ。 その方たちは花のように美しい青春を全て失い、いままでずっと深い傷を抱えて生きてきたのに、日本は謝罪どころか侮辱し続けている。 その女性だけでなく国民もともに怒っており、これではいけないという状況だ」
「二十一世紀にも紛争地域で女性に対する性的蹂躪が強行されていることに怒りを禁じえない」
 延々と続く 「歴史的対日批判」 は、ヘーゲル長官を辟易させたらしい。 その流れが、シャーマン米国務次官の 「安っぽい喝采を浴びるのは容易だろうが ……」( 15年2月28日 )という発言に繋がったのだと思う。


 それでもヘーゲル氏に対する発言は、朴槿惠大統領お得意の 「告げ口外交」 の内容を知るうえでも役に立つし、韓国人の発想、韓国官僚の忠誠心の在り方を学ぶうえでも参考になる。
 それぞれが “突っ込みどころ満載” の発言なのだが、領土( 竹島 )問題に関して言えば、その決定的な再発火点は、2012年8月の李明博大統領の竹島( 独島 )上陸だった。 自分たちで火を付けたにもかかわらず、 “加害者は日本” という認識なのだ。
 日本への刺激という点では、李明博氏がその数日後、 「天皇に土下座させ ……」 とはしゃぎ回ったことのほうが強かった。 が、前任大統領の言動については何も語っていない。 ただただ 「日本が一方的に悪い加害者」、逆に言えば 「善良なる韓国は一方的被害者」 という立場からの発言だ。
「善良なる被害者」 と社会から認知されるや、被害者はその関連分野では超法規的存在になる。 何をしても許されるモンスターに変質するのだ( 典型は沈没したセウォル号の遺族 )。 この国が 「立派な条文を揃えた法律はあるが、法治国家ではなく情治国家」 とされるのと同じようなことだろう。
 朴大統領の 「告げ口外交」 とは “韓国の常識は世界の常識” との思い込みの下で、 「韓国は善良なる被害者」 と国際社会に認知してもらうための努力と言えようか。
 韓国社会に限って見れば、 「善良なる韓国民は一方的被害者」 とする対日認識がすでに確立されている。 だから、こと日本に対しては条約違反も国内法違反も、大体のところ “お咎めなし” になるわけだ。


 朴・ヘーゲル会談で 「発表することで合意」 した内容は、 「対北に関する米韓協力合意」 だけだったとされている。 米国としては対北陣営内部の日韓不和、とりわけ朴槿惠大統領の対日敵愾心を表に出したくなかったのだろう。
 が、青瓦台の担当者はブリーフィングですべてを明らかにしたあと、 「( 大統領発言の内容が )とても良いと思ったので公開した」 と述べたという( 京郷新聞13年10月1日 )。 青瓦台のエリート官僚をして、 “姫の素晴らしいご発言” があれば外交慣例などくそ食らえとばかり発表してしまうのだ。
 これこそが、韓国流の直属上司への忠誠心の発露だ。 まさにゴマ摺りであり、 「上司への告げ口」 とともに韓国社会に蔓延している処世術だ。
 京郷新聞が 「こうしたことは、海外のリーダーに韓国との協議を憚らせるように仕向け、率直な意見交換を成り立たなくする」 との外交消息筋の発言を併せ伝えたことが、せめてもの救いだ。
 話は前後するが、慰安婦に関して 「その方たちは花のように美しい青春を全て失い ……」 とする表現は、朴槿惠大統領の発言のなかにしばしば出てくる。
 あっちでもこっちでも慰安婦について語るなら、慰安婦自身の証言も含め様々な史料を漁っていて、多彩な事実の叙述や表現が出てきてもよさそうだが、韓国紙が伝えるところ 「花のように美しい ……」 ばかり目立つ。
 インプットされる情報域が狭すぎるのではないのか。 もしかしたら、特定の人物に依拠した耳学問ぐらいしかないのかもしれない。
 もしも強制連行されなかったなら、 「花のように美しい青春」 を謳歌できたはずと信じているとしたら、李王朝末期の庶民がまるで縄文時代から抜け出してきたかのような生活をしていたことや、 「内鮮一体」 の日本の投資でようやく食べられるようになった史実も知らないのだろう。
 朴槿惠大統領に限らず、韓国の与野党指導者たちも、慰安婦の証言録すら読んだことがないのかもしれない。 読んでいたなら、そしてまともな史料と突き合わせていたなら、 「ジープに乗せられ」 といった証言のおかしさが分かる( 日本軍にジープはなかった )。
 慰安婦問題を管轄する女性家族省のホームページでは、慰安婦と一緒にいる髪を伸ばした若者の写真が 「日本兵」 として紹介され、 「慰安婦募集」 と漢字で書かれたポスターが 「強制連行の証拠」 として掲載されていた。
 そういう知的レベルの国だ。 その国の大統領の知識が、 「その方たちは花のように美しい青春を全て失い ……」 くらいしかなかったとしても不思議はない。
 それにしても 「二十一世紀にも紛争地域で女性に対する性的蹂躪が強行されていることに怒りを禁じえない」 とは、 どこの国のことを言っているのか( 韓国も北朝鮮との間には休戦協定しかなく、 「紛争地域」 だ )。 よもや、 朴槿惠大統領は自分の国では売春が一大産業であり、同時に 「韓国=売春婦輸出大国」 である事実もご存知ないのだろうか。


 インプットされる情報域が狭ければ、それまでに得ていた “もっともな知識” と合致する新情報はたちまち消化される。 きっと、報告書のなかにあった 「外国人観光客の招致積極化」 や 「経済部門の規制廃止の必要性」 といった建議は、たちまち朴大統領の血肉に転じたのだろう。
 観光に関しては、 「金の卵を産むガチョウだ」 ( 国民観光振興会議、14年2月3日 )と、とても露骨な表現で述べている。 自民党の二階俊博総務会長( 全国観光業協会長 )は、そうした “日本人ガチョウ” を韓国に送り込んでくれる人として今年3月、韓国観光公社から招待を受けたわけだ。
 規制については韓国産業界をがんじがらめにしているものであり、産業活性化の最大の足枷という考えを何度も表明している。
 規制廃止のための関係者会議も何度か開いている。 そのたびに、ドキッとするような面白い発言が飛び出している。 平場の会合での質問に対する回答や即座の指示は、事前のレクチャー資料があったとしても、朴槿惠氏個人の感覚に基づく部分が大きいと見てよかろう。
「ブルドッグよりも珍島犬がよりいっそう、一度噛みつけば肉がちぎれるまで放さない。 我々は珍島犬の精神で取り組まなければいけない」
   ( 国務調整室などの業務報告、14年2月6日)
「もつれた糸を解く最も速くて確実な方法は何か …… 糸のもつれを切ってしまうことだ」
  ( 官民合同規制改革点検会議、14年9月3日 )
「副作用が心配で 『できない』 というのではなく、 『副作用をどう賢く創意的に解決するか』 を考えなければいけない。 小さな副作用のためにだめだという方向に行けば、より大きな損失となる」
  ( 同 )
「規制の妥当性を直ちに検討し、雇用の創出や投資の障害となっているものはギロチンで一気に処分すべきだ」
  ( 閣議、14年11月25日 )
 自信をもって打ち出した規制緩和が遅々として進まないことへの怒りと焦りがあるのだろうが、激しい性格が滲み出ているような発言に思える。


 朴槿惠氏の 「指示」 に関して、日本ではしばしば 「具体性がない」 と言われるが、歴代の韓国大統領の 「……よう、すべきだ」 式の発言は押しなべて具体性がない。
 韓国の大統領とは単に行政府の長ではなく、すべての国家機関の上に君臨する存在だから、大原則を述べることが職務なのだ。 その大原則に基づいて具体的施策を考え、実行するのが閣僚以下の官僚たちだ。
 大原則が間違っていても、 「やり方が悪かったから」 「タイミングを失したから」 と更迭されるのは閣僚だ( 官僚はよほど重大な過失や大規模汚職の発覚でもなければ生き残れる )。 大統領は原則論を述べ続けるのだ。
 大統領の発言は、時には政策遂行のうえで絶対の大義名分になる。 しかし、産業分野の規制のように受益者がたくさんいて利害が錯綜する部門では、 「ギロチンで一気に」 と声を張り上げても進んでいかない。
 歴史的な重みを持つ文化に対する改善指示も同様に進まない。
「『有銭無罪、無銭有罪』 のような恥ずかしい話が大韓民国でこれ以上、常用されないように皆さんが先頭に立ってほしい」
  (「法の日」 五十周年記念式、13年4月24日 )
 大統領がこう演説してからも、警察、検察、裁判所による 「有銭無罪」 の扱いは次から次に明るみになる。 伝統的文化である 「司直の腐敗」 のほうが強いのだ。
 大統領発言は絶対的権威を持つ。 しかし、実際の利害関係や腐敗と汚職が蔓延する社会のなかでは、実効性を貫けない。
 朴槿惠大統領はそうした現状に怒りと焦燥を感じつつも、韓国民の 「偉大さと可能性」 を信じているようだ。
「私は韓国経済が進む新しい発展パラダイムに創造経済を提示している。 …… 私たちは優れた “創造DNA” を持った民族だ。 …… 私はその創意の力と情熱を活かして第二の漢江の奇跡を必ず実現する」
  (「発明の日」 記念式典、13年5月16日)
「韓国民DNAのなかには芸術的感性が豊富であり、血液中に流れる “気” がある国民だ」
  ( 文化人との会合、15年2月25日 )
 DNAを 「ある民族が持つ不変の遺伝子」 といった意味で使っているようだ。 理系出身者らしからぬ誤用だ。 さらにその背後には、 「韓国人は世界でも稀な単一民族」 ( 韓国高校用教科書 )とする誤った内容の刷り込み教育が蓄積されているのだろう。
 そうした批判はさておき、いま紹介した発言そのものが問題だ。 これぞ優生学的選民思想そのものではないか。


 韓国はいま、 「日帝 = ナチスだった」 とするキャンペーンの世界的展開に躍起になっているが、大統領が堂々と語る優生学的選民思想、その選民による奇跡実現の呼びかけこそ、ナチズムそのものではないのか。 都
 「日帝 = ナチスだった」 とするキャンペーンの下部にあるのが、 「旭日旗 = 戦犯旗 = カギ十字旗」 のサブ・キャンペーンだ。
 11年のアジアサッカー杯から僅か2年の間に、 「旭日旗 = 戦犯旗」 とする国民的認識を醸成した草の根運動、海外で旭日旗に似たデザインを見付けるや一斉にサーバー攻撃を仕掛ける手口 ……、 「君たちこそ現代のナチスだよ」 と言わねばなるまい。
 「政治指導者が過去の敵を非難することによって、安っぽい喝采を浴びるのは難しいことではない。 しかし、このような挑発は進展ではなく麻痺をもたらす」 ── 米国務省のウェンディ・シャーマン米次官の発言( 2月28日 )は、韓国の政権や保守系マスコミにとって大変な衝撃だった。
 青瓦台内部の情報伝達は 「突発的な軍事情報」 を除いては、極めてスローモーなようだ。 公式文書の形式を整えてから 「門番三人組」 のところに持っていくのだから。
 シャーマン発言は米国時間では27日だったが、韓国の通信社聯合ニュースが配信したのは3月1日、すなわち 三・一節 の朝だった。 おそらく、朴槿惠大統領はシャーマン発言を知らないまま 三・一節 の演壇に立ち、その足で中東歴訪へと旅立った。
 あとになって、自分が 「安っぽい喝采を浴びた政治指導者」 になってしまったことを悟り、追い打ちを掛けられるかのように日本の外務省がホームページのなかの韓国紹介欄にあった 「自由と民主主義、市場経済等の基本的価値を共有する」 との表現を削除したことを知った。

使
 激しい気性の大統領がどれほど怒ったことか …… とは、想像するだけだが。
 さらなる大きな追い討ちがあった。 5日午前のリッパート米国大使襲撃事件の発生だ。 朴大統領はアラブ首長国連邦( UAE )で事件の報告を受け、次のように述べた。
「驚きを禁じ得ない。 今回の事件は駐韓米国大使に対する身体的な攻撃に留まらず、韓米同盟に対する攻撃であり、決して容認できない」
「大使の一刻も早い回復を祈り、家族に対しても心よりお見舞い申し上げるとともに、オバマ大統領や米国政府にもお見舞い申し上げる」
 日本大使に投石した前科( 判決は執行猶予 )を持つ過激派を野放しにしていたこと、会合を主催した国策団体( 代表者は大統領側近の一人 )がその危険人物をやすやすと大使の近くの席に座らせたこと ……
 大統領に限らない。 韓国人は謝罪しない。 「謝罪」 とは、韓国人にとって一種の “希少価値” と見れば理解しやすい。 自分が持っている( 発することができる )希少価値は出したくないが、他人( 他国 )が持っている希少価値は手に入れたい。 だから日本に向かっては 「謝罪しろ、誠意を見せろ」 とばかり叫ぶのだ。
 「韓米同盟に対する攻撃」 という規定の仕方は、 「テロリストは北の意を受けた人間」 という前提があるからだが、 「韓国も被害者」 という意味が半分込められている。 先にも触れたが、 “被害者の地位確保” は韓国のお家芸だ。
 保守系紙の中央日報( 3月6日 )は、 「大韓民国に対するテロだ」 との社説を掲げた。 これはもう半分ではなく、完全に 「韓国はテロの被害者」 との立場の表明だ。
 韓国当局の不手際もあり、米国大使が顔を切られた。 が、これは韓国に対するテロであり、韓国人は実は被害者なのだ ── 日本で 「三百代言」 と罵られる人々とて、目を白黒させるような論法だ。
 韓国の大統領は、こんな論法が日常的に闊歩する社会の頂点にいる。 その配下にいる官僚だから、たばこ価格を今年1月1日から一挙に2倍に値上げしても 「これは増税ではない。 国民のための健康対策の一環である」 と、恥じらうことなく言えるのだ( 朴槿惠氏は 「増税せず」 を大統領選挙の公約に掲げていた )

使
 朴槿惠大統領は中東歴訪から戻ると、その足で大使の入院先を見舞った。 誠意を示したのだろうが、大使への見舞いの言葉は日本人の波長とは到底合わない。
 慰めの言葉はあったが、謝罪の言葉はやはりない。 そして、06年に自らも顔を切られるテロに遭った経験を挙げて、こう述べた。
「それからの人生はおまけだと思って、国と国民のために生きると決心した。 大使も今後、韓米同盟のために多くのことをしてくれるという気がする」
 80針もの縫合手術を終えたばかりの大使に向かって、何という押し付けがましい言葉だろうか。
 アンタに俺の人生航路まで決めてもらいたくないよ ── と、なんて一国の大使が言うはずがない。 大使は 「私も、おまけで得られた人生と時間を家族と韓米両国の関係のために」 と応じた。 これぞ外交辞令というものだろうに、大統領周辺は 「韓米関係が強固になった」 と大はしゃぎ。
 親米保守派は、まさに鉦や太鼓を打ち鳴らして 「リッパート全快」 を祈る街頭パフォーマンスを繰り広げた。 李王朝の後裔と称する老人は( これは本当に善意だったようだが )、犬肉を見舞い品として届けた( 病院が受け取らなかった )。 中央日報( 15年3月9日 )に至っては、 「リッパート効果」 なる心ない造語を見出しに立てた。
 そうしたなかで朴大統領は、 「世界で最も成功している同盟と評価される韓米同盟が前代未聞の攻撃を受けた …… だが私たちは、この危機をさらに強力な韓米同盟への契機とする成熟した姿を見せた」 ( ソウルCOEX祈会、15年3月12日 )と事件を総括した。
 韓国のコウモリ外交 によりガタついている米韓同盟が 「世界で最も成功している同盟」 であり、大はしゃぎの 「リッパート効果」 が誇るべき 「成熟した姿」 であるらしい。


 朴大統領は支持率が低下してくると、あばら家のような商店がひしめき、屋台が連なる市場に出向く。 カボチャの葉を買ったり、おばあさんに声を掛けたり …… きっと 「門番三人組」 の配下が、どこで何を買うか、誰に声を掛けるか段取りを決めて、厳重なガードを張り巡らしているのだろうが。
 そして、危機を感じさせる時にはしばしば教会や寺に出向いたり、宗教関係者と懇談したりする。
 上記のCOEXも、キリスト教( おそらくプロテスタント系 )の組織と思われる。 大統領は事件総括の続きで述べた。
「イスラエル民族が広野の試練を一つの心で勝ち抜いた時、乳と蜜が流れる土地カナンに至ることができたように、私たちもいま、葛藤と分裂の足枷を克服するならば新しい祝福の時代に進むことができると信じる」
「羊の群れの世話をする羊飼いの気持ちで、韓国の新時代を切り開いていくことに全力を尽くす」
 キリスト教では、民は 「迷える羊」 であるらしい。 国民を 「羊の群れ」 に譬えることに問題はないのかもしれないが、朴槿惠氏はもしやモーゼかキリストの心意気なのだろうか。
 ちなみに韓国統計庁の資料によると、韓国の宗教人口は53.1%で、仏教22.8%、プロテスタントが18.3%、カトリックが10.9%、儒教0.2%など。
 大統領のこうした発言に、仏教徒の反発が聞こえてこないのは不思議だ。
 漢字をほとんど放棄してしまった韓国だが、 「国格」 という熟語は韓国人が最近、漢字を基に創り出した( 実際に新聞紙面に出てくるときは 「クッギョク」 と読むハングル表記 )。
 愛用する小学館と韓国・金星社の共同編集による 「朝鮮語辞典」 にも載っていない。 おそらく、日本でベストセラーになった藤原正彦氏の 『国家の品格』 ( 新潮新書 )をヒントに創作されたのだろう。 中央日報にこの熟語が初めて出てくるのは09年9月28日のことだ。
 韓国語で言う 「国格」 とは 「国家の品格」 ではなく、 「国家としての総合的な格」 といった意味で使われる。
 ランク付け大好き国家ならではの造語ともいえる。


 朴大統領も、 「国格」 という造語を使って面白いことを述べている。
「言葉は人格を表し、国民を代表する人たちの言動は国格を表す。 …… 私たちは相手に対して深く配慮しなければならず、それがまさに国格と直結する重要な資産だ」
( 首席秘書官会議、13年7月15日 )
 野党による大統領非難が続き、ある議員は 「鬼胎( 生まれてきてはならなかった人 )だ」 とまで言った。
 そうした 「野党の暴言攻勢」 に対する反論なのだが、それが朴槿惠氏の口をついて出た言葉となるとどうだ。
 南北統一問題では 「テバク」 ( 儲け時といった意味 )という博打用語を使い、 「ギロチンで一気に処分すべきだ」 と指示をした国家元首がその一方で、 「言葉は人格を表し、国民を代表する人たちの言動は国の国格を表す」 と教訓を垂れていた。まさにギャグだ。
 朴槿惠氏は 「引きこもり型元首」 だが、その職責上、さまざまな式典、会議に出席すれば、実によく話す。
 
 朴槿惠大統領の発言を、その政治社会的背景に留まらず、どんな文化的背景のなかから出てきたのかを探ることは、韓国の国格を理解するうえで有効な手段だと思う。
 朴槿惠大統領がますます語ってくれることを期待してやまない。




( 2015.04.25 )

  
    

 韓国の朴槿恵パク・クネ大統領は1月12日の年頭記者会見で、日韓首脳会談について 「日本側の姿勢の変化が重要だ」 と曖昧な注文をつけ、慰安婦問題を早期に解決しなければ 「韓日関係だけでなく、日本の歴史にも重荷になる」 と言い募った。 一方的でかたくなな態度には、ため息が出るばかりだ。

冷めた日本政府

 「ムービング(動く)・ゴールポストだ」

 韓国について政府関係者らと話すとき、何度この言葉を聞いたことか。 慰安婦問題などで着地点を求めてそこを目指すと、いつの間にか韓国側がゴールをさらに先の方に動かしているという意味だ。

 それでいて韓国側は日本に対し、具体案を示さずに 「誠意を見せろ」 と要求し続けているのである。

 日本政府は現在、こうした韓国側の十年一日のようなあり方に冷めた視線を向けている。 産経新聞の加藤達也前ソウル支局長の出国禁止のような人権侵害を除き、韓国に対しては 「放置でいい」 ( 政府高官 )との基本姿勢だ。

 何ともやるせない現状だが、予期せぬ効果もあった。 韓国が日本だけを標的に歴史問題にこだわればこだわるほど、欧米で 「なぜなのか」 という疑問が高まり、客観的な事実関係を知ろうという新しい動きが出てきているのだ。

 今年に入り、韓国メディアは相次いで次のような米国の元政府高官の 「妄言」 を伝えている。

 「日本は過去、恐ろしいことをしたが、韓国もベトナム戦争の際は非常に冷酷だった。 ベトナムではそれが非難を浴びている」 ( デニス・ブレア元国家情報長官・太平洋軍司令官 )

 「日本は韓国人戦争犠牲者に8億ドルを支払ったが、当時の朴正煕政権が慰安婦と呼ばれる被害者たちに伝えていなかった。 古傷が治癒しない理由がここにある。 韓国は、ベトナムで韓国軍が民間人に犯した行為を脇へ置いて、韓国と国交を結んだことを考えるべきだ」 ( ロバート・シャピロ元商務省次官 )


欧米も疑問視

 欧米メディアも昨年来、韓国側の負の歴史に注目するようになり、日本を執拗しつように非難する韓国の外交姿勢に疑問の目を向け始めた。 次のような報道がだんだん目立つようになってきた。

 「慰安婦問題は、政争の具として利用されるべきではない。 結局、日本から支払われた何億ドルもの賠償金を、犠牲者のためにではなく、莫大な公共事業のために使ったのは朴大統領の父親だ」 ( 米フォックス・ニュース )

 「ライダイハンはベトナム戦争中、ベトナム人の母親と韓国人の父親の間にもうけられた子供を指す。 多くは韓国人兵士によるベトナム人慰安婦への虐待から生まれた」 ( 米CNN )

 「韓国には、米軍基地周辺に基地村と呼ばれる売春街が存在した。 ここで働いていた元米軍慰安婦120人以上が、 『韓国政府が米軍のために組織した』 として、1人1千万ウォンの賠償を求めて韓国政府を提訴した」 ( 英BBCニュース )

 元米軍慰安婦の訴訟に関しては昨年末、米軍準機関紙 「星条旗新聞」 も取り上げている。 朴大統領が慰安婦問題を提起し続けた結果、韓国が触れてほしくない問題もまた、白日の下にさらされることになった。

 日本は過去の経験から、韓国にいくら譲っても結局、ゴールポストを動かされるだけだと見切った。 韓国側も、そろそろ歴史カードの乱用は控えないと 「重荷」 になるばかりではないか。