戦後、在日韓国・朝鮮人は何をし、何と言ったか




 「 現代コリア 」 5月号に 『三国人』 は本当に差別語かと言う記事があり、戦後、在日韓国・朝鮮人が日本で何をし、何と言ったかが報じられていました 日本人として忘れてはならないことだと思いますので、要旨をご紹介いたします。

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 「 三国人 」 なる言葉は第二次世界大戦終了後、連合国が1945年10月31日 「 連合国、中立国、敵国の定義に関する覚書 」 により、朝鮮はそのいずれにも該当しないことから 「 第三国 」( The Third Nations )と呼んだ。
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 なぜ日本人が、 「第三国人」 と言う言葉に蔑視、畏怖、時には 「敵意」 を込めて使ったのかであるそれは 敗戦直後の在日韓国・朝鮮人の日本での言動と重大な関係がある からだ

 現在の総聯の前身団体である 「 在日朝鮮人連盟 」 指導部は1946年初頭と推定されるが 「 われわれは今まで、搾取と奴隷的な差別待遇を受けた。 日本の敗戦で開放された現在、われわれは連合国人であるから、敗戦国日本の法令に従う義務はない 」 「 われわれは二等国民で、日本国民は四等国民となった。 したがってわれわれは日本国民より優遇されるのは当然であることを、あらゆる方法で日本人に知らせなければならない 」 「 戦争中われわれを虐待した日本人は、戦犯として制裁を加えなければならない 」 ( 坪井汕二 『 在日朝鮮人運動の概況 』 )と 在日朝鮮人を 「連合国人」 と勝手に位置づけ、日本の法令に従う必要のないことを公然と主張し、その通り実行した

 1945年9月10日に結成された在日朝鮮人連盟( 以下 「 朝連 」 と略す )中央準備会は、すぐ 「 帰国同胞援助 」 活動に入り、朝連が韓国などに帰国する在日朝鮮人に 「 帰国証明 」 を発行、列車・バスの無賃乗車、時には客車の中に 「 朝鮮人専用 」 と書き、日本人を乗車させないこともあった。 駅長を脅かし、発車した列車を呼び戻したりもした。
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 引きつづき、GHQ( 連合国総司令部 )は同年9月30日 「朝鮮人連盟発行の鉄道旅行乗車券禁止に関する覚書」 で、朝連が 「地外法権的地位にないこと」 を明らかにしたこの覚書を見れば分かるように、朝連は、これまで 「治外法権」 を持っていたのである
 当時、各地の朝連は、保安隊、自衛隊、警備隊、自治隊などを作り、独自の警察権力類似行為を行っていたりもしていた
 また、 「朝連」 の名によって、集団強盗、略奪、殴打暴行、破壊、占拠監禁、人民裁判などが行われた

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 当時日本を占領していた GHQは、200万人の在日朝鮮人を日本から朝鮮本国に帰国させることを基本方針としていたところが韓国に帰国してみたが、政治・経済ともに不安・混乱を極め、生活不安などが重なり、その上コレラなども流行して、帰国者は事実上ストップした日本にいれば 「連合国人」 「解放国民」 としての「自由」 があったため、いったん帰国した人達が日本に逆流しだした
 1947年5月2日GHQの命令で 「外国人登録令」 が在日韓国・朝鮮人などに施行されたのは、日本への密入国、米などの不正受給防止の二つの目的があった のである。

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 このような具体的な在日韓国・朝鮮人と日本人の社会関係の中で、日本人が 「三国人」 なる言葉に特別な意味を込めて使用するようになったのである 公然と社会秩序を乱し何事も暴力で解決しようとする在日韓国・朝鮮人の言動に、日本人が、 「三国人」 は恐いと考えることが 「民族差別」 というのだろうか
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